衝撃を受けた『キャッツ』
実はミュージカルというものを初めて知ったのは、その1年前。中学2年のときです。音楽の時間にロンドンで収録された『キャッツ』のビデオ鑑賞があり、衝撃を受けました。なんて素敵なんだろうと。
帰宅してから母に「今日、『キャッツ』っていうミュージカルのすごい映像を見た」と感動を伝えたら「あ、それなら今、名古屋で劇団四季がやっているよ」と教えてもらい、そこですぐ一人旅に出ました(笑)。初めて劇団四季の『キャッツ』を見て「この舞台に出たいな」と強烈に感じたのを覚えています。その瞬間から将来の夢は「『キャッツ』に出る!」という一択です。(笑)
プログラムを見たら、劇団員のプロフィールに「3歳からバレエを始めた」などと書いてある。さすがもう遅いけど(笑)、出身大学を見ると音楽大学で声楽を学んだ人が多い。そうか、音大に行けば劇団四季に入れるのか、と思ったのですが、とりあえず高校は地元の進学校に行きました。
高校生になって「ミュージカル俳優になりたい」と言ったら、学校の先生方には大反対されました。当時はミュージカル俳優=食えないという印象が強かったんですね。でも親は「やりたいことをやれば?」と寛容でした。弟たちとアカペラグループを結成して当時の人気番組『力の限りゴーゴゴー!!』の「ハモネプ」コーナーに出演したり、クラシックのコンクールに出たりもして。
そして、コンクールの審査員だった方が「君、本格的に声楽の勉強をする気はないの?」と聞いてくださった。そこで、東京藝術大学の音楽学部声楽科を目指すことに。国立ということもありましたし(笑)。高校3年では月に一度、夜行バスで東京にレッスンに通って練習を重ね、無事に合格することができました。
藝大に入学してみたら、レベルの高さに圧倒されましたね。コンクールで全国1位だったような人たちがそこら中にいる。「すげーなー」と毎日感心していました。でもキャンパスライフはとても楽しかったです。
美術専攻をはじめ、他学部の友人もたくさんできました。学園祭は楽しかったなあ。大学に入ってすぐにミュージカルの同好会「ミュージカル・エクスプレス」を作りました。コンサートを開いたり、『レ・ミゼラブル』をオーケストラで演奏するなんてことにもチャレンジしました。なにしろオーケストラのメンバーはすぐに集まるし、指揮者も学生とはいえ、セミプロ。舞台装置も身近に協力してくれる人がたくさんいる。このときも僕はジャン・バルジャン役でした(笑)。同好会からのちにサークルに昇格して、なんと今も続いているんですよ。