執筆中は、劇作家を目指す主人公の永田という男を、未熟で弱いから虚勢を張ってしまうところが可愛げのあるやつだと思いながら書いていました。恋人の沙希との関係が難しくなってきて、口論になるシーンがあって。アパートの隣の人が「うるさい」と壁を叩くんですが、永田は隣人に激怒してしまう。僕にはそういうのがよくわかります。

女性と向き合って黙っていると深刻なムードになってしまうから、何も言われないようにめちゃくちゃふざけて喋りまくるか、怒りを爆発させるか、そのどっちかに逃げてしまう……。本当に滑稽で愚かですが、僕はそういうところに人間味を感じるし、どうしようもないけど、まあ、そういうものだなと思うんです。

家族や恋人を大事にしたうえで傑作を書く作家もいるから一概には言えないけれど、周りに迷惑をかけまくった人が生み出すいびつな作品が僕は好きです。

でも、書評やSNSなどに書き込まれた感想を読むと、永田ってむちゃくちゃひどい、どうしようもない男だと書かれている。そんなどうしようもないかな? 僕は割と好きなタイプです。山崎賢人さんが演じてくれたおかげで、ただの暴力的で自己チューな男ではなく、繊細さ、可愛らしさが出ていたと思います。

 

他人の評価を気にしない両親は楽しそうで

3作目にして初の長篇小説となった『人間』では、自分の持っている記憶や、残しておきたいことをできるだけ書いてしまおうと考えていました。『火花』と『劇場』は、自分といかに距離を置いて書くかに注意を払いましたが、『人間』では明らかに意識して私小説を書こうと試みた。

この小説の主人公である、漫画家になる夢を見るも挫折した38歳の永山と、彼と青春時代をともにした友人・影島は、どちらも僕自身を投影して描いた人物です。彼らは、過ぎ去った時間を現在の自分の視点で振り返りながら、才能、成功、世間の評価について思考を巡らせます。

『人間』を書き上げ、僕自身は、芸人としてもっと売れたい、認められたいというような、社会の価値基準の中で上昇していかなければという観念から解放されました。まあ、認められてない人でもおもろい人はいるし、認められている人でもおもろない人もいる。お笑いも小説も好きでやっているのだから、認められなかったら絶望、ということではないと思うようになりました。