≪職場の“あるある”、歌います≫
「できる経営者、トイレまで自分で掃除しがち」

こんなふうに「いい職場だった」「いい人たちだった」と言うと、「本当に?」と疑う人もいるけれど、僕は実際にそう感じているんです。思い返せば、職場でイヤなことはあったかもしれない。でも、「楽しい」が上まわると、「イヤだった」はどこかへ行っちゃうんですよね。

それに僕は、自分のことを「ミジメ」とか、そのときの居場所を「イヤなところ」とは思いたくない。花屋だったら、「プロ野球選手から注文があって届けたんだぜ」と言って、友だちに自慢したいんです。職場を「誇れる場所」にしたいから、無意識のうちに、いい部分ばかりに目を向けているのかもしれませんが。

 

自分を少し大きく見せておく

2001年に吉本新喜劇へ入団することになり、昼間は何かしらの仕事があったので、バイト先を個室ビデオ店に変えました。深夜から翌朝までシフトを入れていて、ほぼ住んでいるも同然。ここでは3年近く働きました。スタッフが次々に辞めていくなかでなぜか僕だけが残り、一番の古株に。そしていつの間にか店長を任されるまでになっていました。

店長になって、人を雇う側の大変さを味わいましたね。新しく採用したスタッフに仕事を教えていたときのこと。その方は僕よりずっと年上。寒かったのでポケットに手を突っ込んだまま教えていたら、突然、大きな声で「ポケットから手を出せ!」と怒鳴られたんです。ああ、ちょっと驕りが出ていたなと反省しました。

従業員同士の仲が悪くなって、頭を痛めたこともあります。そんなときは、2人が会わないようにシフトを組んでいました。辞めてしまったら欠員が出るし、そうするとまた求人誌に募集広告を出さなくちゃならない。広告費ってけっこう高いんですよ。なので、彼らが辞めない方法を考えるんです。

個室の掃除の手順が悪く、仕事が遅い人もいました。そういう場合は、手伝いながら効率のいい方法を教える。怒るよりも、うまくいくようフォローするのが僕には向いていましたね。

この個室ビデオ店は売り上げ成績が良くて、店長の僕は会社から「社員にならへんか」と言われたのですが、芸人を続けたい僕としては本末転倒になる。それで、辞めさせてもらいました。