夕方には、ハルはすっかり疲れ果てていた。

二十三歳の自分をまだまだ若いと思っていたけれど、十代には十代にしかない距離感があって、そこに居続けるのはそれなりに体力がいるということをわずか半日で思い知らされた。

授業のあと、学級委員でもある朝子に案内されて寮の部屋に帰り、ゆっくりするひまもないまま、すぐに六時から夕食、七時からはチャペルでの礼拝、それから講堂で一時間の予習や復習の時間があり、ようやく部屋で落ち着いたのは午後九時すぎのことだった。

 寮は四人部屋だった。ハルの同室者は、朝子と神戸出身の二重瞼が印象的な大谷紅(おおやべに)、もうひとりの林秀梅(リン・シウムイ)は、親戚の不幸があって台中郊外の家に帰っているということだった。

「梅(うめ)ちゃんね、今年の春にな、うちと同じで編入してきたんよ。もともと公立の学校いっとったんやけど空気があわんゆうて、帰ってきたんやって。無口でなに考えとるんかようわからんとこあるけど、ええ子よ。むっちゃ可愛いしな、後輩にも人気あるって」

 ベッドに入るなり話しはじめた紅につられて、朝子も喋りだす。

「悪い子じゃないんだけど、なんか秘密があるっていうか……そこがまた魅力なのよねえ」

 ふたりの無邪気な会話をききながら、ハルは十代のころに似たような噂話で夜遅くまで起きていて、よく寮監に怒られたことを思いだした。

「なあ、明日は土曜日やし、午前の授業が終わったら街にいかへん? 梅ちゃん、おらへんのは残念やけど、せっかく同室になったんやし、三人でおいしいものとか食べて、散歩しよ。うち、この前、むっちゃおいしいお菓子みつけたねん」

紅の弾むような声に、朝子も、いいわね、と相槌を打つ。

そのとき、部屋の電気がぱっと消えて、扉を叩く音がした。

「みなさん、もう消灯時間になりました。お話の続きは明日にしてねー」

小さな声で朝子がささやく。

――寮監の李淑惠(り・よしえ)よ。あんまりやる気がないから、警戒しないでも大丈夫。いいひとよ。

足音が遠ざかっていくと、朝子はまたとりとめのない話をはじめた。ハルは暗闇のなかで、最初は必死に言葉を返していたけれど、そのうち眠気に負けて目を閉じた。

夢のなかでもしばらく朝子と紅の声が響いていた。