
二
櫻井先生に連れられて教室に入った瞬間、ハルは好奇の視線が突き刺さってくるのを感じた。長らく忘れていた感覚に顔が火照ってくる。
――なんて凛々しいんでしょ。
――外国の女優さんみたいじゃない?
――あんなに背の高いの、男のひとだってめったにいないわ。
ひそひそと噂するような声が全部耳に飛びこんでくる。
そうなのだ。ハルは、どこにいっても並外れて注目を集めるのだった。
「内地からきた青山ハルと申します。内地の女学校でのあだ名は新高山ですけど、こちらでご本家を前にするとおそれおおいですから、あだ名ではなくてハル、と呼んでくださるとうれしいですわ」
くすりと櫻井先生が笑ったことがきっかけで、教室のなかに生徒たちの笑い声がさざ波のように広がっていく。実際に学校に通っていたころ、ハルの処世術はきわめてシンプルだった。どうせなにもいわなくても目立つのだから、先手必勝、それにつきる。今回も、それなりに成功したようだ。
休み時間に隣の席の飯田朝子(いいだ・あさこ)が真っ先に話しかけてきた。日本人形のような整った顔立ちをした朝子は、興味津々といった顔でハルに内地の事情をきいてきた。台中の隣の彰化(しょうか)で生まれ育ったが、役所で働く父親について来年東京にいくことになったので、内地のことをいろいろと教えてほしいという。
「そうねえ、あたしも木曽の山のなかの育ちだから都会のことはあんまりわからないわ。でも、東京にでた姉からきいた話では、銀座のあたりはずいぶん華やかなようね。洋装断髪のモダンガールたちが闊歩(かっぽ)しているんですって。喫茶店も映画館もたくさんあって」
ちらちらとあたりを見回してから、朝子がいった。
「大きな声じゃいえないけど、憧れるわ! こっちじゃ、まだまだ『新女性』は嘲りの言葉よ。わたし、卒業したら結婚なんて死んでもごめんだわ」
「内地でもモダンガールは嘲笑(ちょうしょう)の的よ。でもね、専門学校もたくさんあるし、学校さえいけば女性の仕事もあるわ」
――こんなあたしでもちゃんと就職できたもの、とあやうくいいそうになってハルは口をつぐむ。そもそも慎重さに欠ける自分に化け込み取材をさせようというのは、完全に百合川の見込みちがいではないか。
いつのまにかハルのまわりに生徒たちが集まってきていた。
「ねえねえ、いま内地の流行歌ってなにかしら?」
「その斬新な髪型、内地の流行なの?」
「こっちにきてどう? 暑くて驚いたでしょ?」
無邪気な笑みを浮かべて声をかけてくる生徒たちのなかにいると、ハルはこれまで自分が送ってきた人生――女学校どころか女子英学塾もすでに卒業し、婦人記者として働き、兄の一件があってもはや日本では働くことは難しい――が夢だったかのような気すらした。
「質問は順番にね! あたし、聖徳太子じゃないのよ」
大きな声でそういうと、また生徒たちの笑いの波が広がっていった。
