かけがえのない人生、後悔しても悪くない

原作同様、埼玉県の朝霞市が舞台で、実際のロケではとてもお世話になりました。図書館の職員の方が小説とリンクしたマップを作ってくださるなど、みなさんとても協力的でありがたかったです。

なかでも青砥が勤めている印刷会社のシーンは、老舗の印刷会社さんの朝霞工場でロケをし、機械も貸していただきました。僕はなにせ活字中毒ですから、「あの精興社で!?」とうれしくなって。昭和初期に完成した「精興社書体」の見本を見せていただいたりして、けっこう興奮しました。

『婦人公論』などの雑誌や本もそうだと思いますが、1枚の大きな紙に何ページ分かを印刷して、それを断裁する工程があります。断裁前の大きな紙を扱う場面があったので、自主的に練習をしたんです。紙の束を貸していただき、家で軍手をはめて、紙をさばきました。

その部署の方に丁寧に教えていただいたのに、なかなか習ったようにはできない。撮影で使ったのは絵本用のいい紙なので、持つとかなり重いんです。おかげで腕や足腰が鍛えられました(笑)。あらためて熟練工の方のすごさに脱帽。原作小説ファンとしては、聖地巡りのような本当に夢のような日々だったんですよ。

完成した映画を観たとき、青砥と須藤の少しずつ変化していく関係が、温かくも切なくて、心にじわじわと迫ってきました。もどかしさすらも、その人の人生を彩っていくものなんだなと。おそらく人は人生の後半を迎えたとき、生き方を見つめ直すものなのでしょうね。

誰でも若い頃には夢を抱き、情熱もあった。大人になると恋愛も若かった頃とは違ったものになるし、選んだ道を後悔することもある。

でも僕は、後悔のない人生なんてないと思うんです。かけがえのない人生なのだから、たとえ後悔してもそれはそれで悪くない――。そういうことを感じさせてくれるのが、今回の原作の持つ物語の力ですし、映画でもそう描けているんじゃないかなと思っています。

観てくださった方が、「もし自分だったら」と、誰かに話したくなる作品かもしれません。

 

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