熱血サラリーマンから戦国武将まで、多彩な役を演じてきた堺雅人さんが、大人のラブストーリーに取り組んだ。読書好きで穏やかな人柄に隠された、役作りへの情熱を語る(構成:篠藤ゆり 撮影:宮崎貢司)
やさしさゆえのもどかしさに共感
時間があったら本を読んでいるかなぁ。もともと活字中毒の傾向がありまして(笑)。映像の仕事で原作がある作品の場合は、まずその原作を楽しみます。そのときは純粋に一人の読者。その時間は仕事とは思っていなくて。むしろ趣味の一環ですね。
この秋に公開される主演映画の『平場の月』も、朝倉かすみさんの原作小説を何度も何度も読みました。主人公の青砥健将(あおと・けんしょう)は、離婚して地元に戻り、印刷工場に再就職。平穏な日常を送っていた青砥の前に、中学時代に思いを寄せていた須藤葉子(すどう・ようこ)が現れて、徐々に心の距離を縮めていく――。いわば大人のラブストーリーです。
じつは、オファーをいただいた瞬間を覚えていないんですよ。「やります」と言った記憶もなくて、気づいたときには夢中になって、かじりつくように原作小説を読んでいたんです(笑)。1回目より2回目に読んだときのほうが好きになったし、読み返せば読み返すほど、主人公の二人の行動に「なぜ、どうして」という思いも深まっていく。
青砥を演じる僕は、須藤の気持ちを理解したくて、須藤の部分だけを拾って読んだりもしました。参考のために朝倉さんのほかの作品も読みましたが、『平場の月』は、通算すると1年くらい読んでいたんじゃないかな。
とにかく緻密な小説なんですよ。何月何日は月齢がこうだから、月はどの方向に出ているとか、計算して書いているんでしょうね。そして朝倉さんの小説はほかの作品もそうですが、身体に関する描写がすごく多い。役者は身体を使って表現するので、とてもヒントになります。
たとえば、(朝倉さんが『婦人公論』で連載中の「メルヘンを探せ!」のページをめくりながら)、ほら、「隅っこに溜まった埃を狙うように息を細く吹き上げ……」とありますよね。これ、台本のト書きとしては最高級のト書きだと思います。演じる際は、朝倉作品ならではの身体表現にもずいぶん助けられました。