その心の内にわが子が存在していない

「それでも、子どもたちの人間関係の摩擦などのトラブルがあれば互いの親御さんと連絡を取らなければいけませんよね。

そういうご家庭って、こちらから親に何かを求める……たとえば、お子さんと話をしてやってくださいとか……この類の依頼に対しては露骨に嫌がります。でも、こちらがある程度動いて状況が落ち着いてくると途端に機嫌が良くなるのです。その一方で、親がそのトラブルに首を突っ込みすぎるようなケースもよく見られるのです」

そう、前者のタイプの親は「いかに自らが労せずに事を終息させるか」という点に重きを置いているのである。問題はその心の内にわが子が存在していない点にある。

※本稿は、『ネオ・ネグレクト 外注される子どもたち』(祥伝社)の一部を再編集したものです。

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