失語症は「家族の病」

沼尾:こうして、私はすべての番組に復帰することができました。私が復帰してから一番最初に始めたのは、失語症のある方とそのご家族の支援です。本人も辛いのですが、ご家族の方も同じように、どのようにコミュニケーションをとればいいのか、どんなことを言われるとつらいのか、どういう言葉がけがいいのか、途方にくれます。今まで、家のローンのことや子育てのことや、さまざまな会話を普通にできていたのが急にできなくなってしまうのですから、ご家族も孤独なのは推して知るべしです。一番辛いのは本人なのだからとがまんすることはなく、当人があまりにも理不尽なことを言ったら言い返していいんですよ。あとから仲直りすればいいんです。それがコミュニケーションですと伝えています。

辰巳:沼尾さんの場合もそうでしたが、働き盛りの年齢で失語症になると、多くの方が深い喪失感に直面します。言葉を適切に扱えない自分に戸惑い、これまで築いてきた自尊心が大きく揺らいでしまうことも少なくありません。経済的問題も小さくありません。

そして、その苦しさはご本人だけのものではありません。ご家族もまた、「言葉が通じない」という状況の中で、どれだけ声をかけても気持ちが伝わらない、理解したくてもできないという葛藤を抱えることになります。

海外では、失語症を『家族の病』と呼ぶことがあるそうです。ひとりが言葉を失うと、その周りにいる人たちもコミュニケーションが難しくなり、心の距離を感じてしまうことがあるからです。

コミュニケーションは、人と人がいて初めて成り立つものです。だからこそ、失語症は当事者だけでなく、周囲の人にも影響を及ぼします。言葉を介したやり取りがうまくいかなくなることで、ご家族自身も「コミュニケーションの困難」を抱える状態になるのです。

そのため、リハビリテーション医療の現場では、「失語症のケアは患者さんご本人だけではなく、家族・関係者への支援も欠かせない」と考えられています。患者さんとご家族の両方を支えることが、より良い回復と生活の再建につながるからです。

患者さんとご家族の両方を支えることが、より良い回復と生活の再建につながると話す辰巳先生