41歳で脳梗塞を発症し、突然ことばを失ったフリーアナウンサー・沼尾ひろ子さんも、その一人です。そんな彼女が認知症予防や発話トレーニングとして「音読体操」を考案し、さらに今回、誰でも気軽に楽しめるようにと、心を込めて作詞したのが楽曲『おんどくドクドク』です。
壮絶な闘病の日々と、奇跡的ともいえる回復の軌跡——その語りの背景には、まだ広く社会に知られていない失語症や認知症をはじめとする高次脳機能障害について、多くの人に理解を深めてほしいという彼女の強い願いが込められています。今回は、失語症患者さんの支援に長年携わっている愛知学院大学・辰巳寛先生に解説をいただきました。
(構成:岡宗真由子 撮影:本社 奥西義和)
「沼尾さん、頑張りすぎないでね」
沼尾:脳梗塞が原因で失語症になってしまった私をサポートし、復帰に向けて精神的にも支えてくれたのは、言語聴覚士(ST)さんでした。最初のSTさんとのリハビリでは、「いぬ」や「しんぶん」といった、とても簡単な言葉のテストを受けないといけません。私は自分がともてみじめな気持ちになり、めそめそ泣いたんです。私の姿を見たSTさんは「今日の沼尾さんには必要ないですね」と言って、そっとしまってくれました。
辰巳:通常は、適切なリハビリテーション計画を立案するために、言語障害のタイプや重症度を慎重に評価する必要があるので、詳しい検査を実施する必要があります。しかし、沼尾さんの担当となられた言語聴覚士の先生は、沼尾さんの心理的負荷に配慮して臨機応変に接してくださったのだと思います。
臨床において最も大切なことは、患者さんとセラピストとの信頼関係ですので、まずは患者さんの心に寄り添うことを優先し、画一的な対応をされなかった先生は、とても的確な判断をなされたのだと思います。
沼尾:STさんは、あまり進歩もなくリハビリを終えた日も、最後に「沼尾さん、明日もまたここに来てくださいね。」と言ってくれて、励みになりました。次にやることは?って焦るんですけど…「明日もここに来さえすれば良いんだ」と思えば、気が楽になりました。
それから、「こんなのどうでしょう?」と言って用意してくれたのが、早口言葉の滑舌の短文でした。私は新人アナウンサーの時に滑舌の短文を毎日音読していました。
「青は藍より藍より出て藍よりも青し」だとかそういうもの。だからこの音読がリハビリに取り入れられたことが嬉しかった。もちろん難しいからできないんです。だけど私はとてもやる気になったんです。
辰巳:失語症のリハビリテーションは、基本的にオーダーメイドで行われます。失語症の言語症状は人によって大きく異なるため、その方の特性や日頃の言語習慣、生活背景を踏まえながら、個々に合った方法を丁寧に組み立てていきます。
たとえば、沼尾さんのセラピストが選んだ「早口言葉」は、沼尾さんのご職業や興味に合った、適切なアプローチ法の一つだったと考えられます。
しかし、すべての失語症の方に同じ方法が効果的というわけではありません。失語症は非常に多様な障害です。障害のタイプや重症度によっては別の課題を優先した方が良い場合もあります。
沼尾さんの場合、ご自身が意欲的に取り組める方法を見つけてくれたセラピストとの出会いが、とても幸運だったと言えます。そして何よりも、ことばのトレーニングを諦めずに根気強く続けられたご本人の努力こそが、顕著な改善につながる大きな力になったのだと思います。
沼尾:さらにSTさんが私に言ってくださったのは「がんばりすぎないでね」という言葉でした。今でも感謝しています。私を追い詰めることなく尊厳を守る接し方をしてくださいました。そんな方がそばにいてくれたからこそ、「ありのままでいいんだ、下手くそでも構わないんだ」と開き直って、たくさんリハビリができました。
「そうだ、私のことなんて他人はきっと気にしていない」と思ってからが強かったです。最初は恥ずかしいと思っていたのが、他人の目を意識しないようになってからことばのトレーニングに向き合うことができるようになりました。
辰巳:先ほど沼尾さんは「ありのままでいいんだ!」と言われました。一般には「障害の受容」という言葉があります。
しかし、失語症になった当事者の方にとっては、それは決して簡単なことではありません。失うものの大きさも、悔しさも、言葉にできない苦しさも、想像をはるかに超えるものだからです。
沼尾さんのお話から強く感じたのは、「自分を責めず、今の自分を見失わず大切にしながら、一歩ずつ現実と向き合っていく姿勢」でした。
ご自身を素直に見つめ、セラピストと一緒に「できること」「目指すこと」を何度も積み重ねていく。この努力こそが、リハビリテーションを前進させて、回復を支えた大きな原動力になったのだと思います。
「障害を受け入れる(受容)」というのは、決して諦めることではありません。今の自分を大切にしながら、自分の可能性を信じて、新しい未来をもう一度つくり直す勇気のことなのだと、沼尾さんのお話を通して改めて感じました。