やがて砂糖醤油がほどよく焼けて、香ばしい匂いが鼻先をくすぐりだしたころ…(写真:stock.adobe.com)
時事問題から身のまわりのこと、『婦人公論』本誌記事への感想など、愛読者からのお手紙を紹介する「読者のひろば」。たくさんの記事が掲載される婦人公論のなかでも、人気の高いコーナーの一つです。今回ご紹介するのは三重県の60代の方からのお便り。近所で評判のパン屋さんで買ってきたパンを頬張っていると、ふと、父との思い出の「特製食パン」を思い出し――。
亡き父のトースト
近所に評判の小さなパン屋さんがある。私も通うようになり、かわいいパンたちを前にしていると顔がほころんでしまう。そうしているうちに、そのお店のパンたちと仲良くなって久しく経つ。
ある日、私が選んだパンをオーナーが丁寧に袋詰めしてくれている時、思わず「どのパンも優しいお顔をしていますね」とつぶやいてしまい、赤面した。するとオーナーの顔がふっとほころび、「僕はすべてのパンの面倒をひとりで見るようにしています。途中で人が代わると、パンたちの気持ちが途切れる気がするんですよ」と返す。なるほど。この親にしてこの子あり。どうりで美味しいわけだ。
私の見立ては間違っていなかったのだと、ちょっぴり誇らしかった。妙なことを言う客だといぶかることもなく、同じ目線で話してくださった人柄にも感謝しつつ、お店をあとにする。
帰宅して甘じょっぱい味付けのつくねパンを頬張っていると、ふと、亡き父のことを思い出した。
自営業であった父は、いつも朝のひと仕事を終えてから、トーストと甘いインスタントコーヒーで遅めの朝食をとっていた。ジョリジョリジョリ。小皿に入れた砂糖と醤油をスプーンで混ぜ合わせる音が台所から聞こえてくる。先に朝食を済ませ一人で遊んでいた幼い私は、急いで食卓の椅子に座る父の膝によじ登り、2度目の朝食にありつこうとするのだった。