日本文学者のドナルド・キーンさんと作家の工藤美代子さん(撮影:本社写真部)
2019年4月10日にご成婚60周年を迎えられた天皇皇后両陛下。今年2月に他界したドナルド・キーンさんは、陛下が皇太子だった頃からの親交をお持ちでした。皇室関連の著作を多数持つノンフィクション作家の工藤美代子さんと、ご成婚55周年の際に行った対談で、おふたりが歩んだ昭和、そして平成を振り返ってみましょう

「天皇制反対」を一掃した世紀のご成婚

工藤 美智子皇后がお輿入れした1959年、日本は“ミッチーブーム”に沸きました。キーンさんは当時、おふたりのご結婚について、どんな感想を持たれましたか?

キーン 民間から皇室に入ったというのは、素晴らしいことだと思いましたね。それまでの慣習では、選択肢はとても限られていました。

工藤 皇族、華族から選ばれる。

キーン もちろん外国人はいけない。たとえば……、明治14(1881)年に来日したハワイの国王が、王朝最後の王位継承者であるカイウラニ王女と山階宮定麿王との縁談を申し込みましたが、時の明治政府は断りました。もしも婚姻が成立していたら、今頃ハワイは日本の領土になっていたかもしれません(笑)。北白川宮能久(よしひさ)親王がドイツ留学中に現地の女性と婚約し、やはり明治政府に破棄させられたこともあります。

工藤 それは知りませんでした。本当に日本の皇室にお詳しい。私があのご成婚で一番感じたのは、日本国民の皇室に対する見方を一変させたということです。当時は一般の新聞や雑誌に、「天皇は戦争の責任を取って退位しろ」とか「天皇制はいらない」といった意見が、まだたくさん載るような時代でした。

キーン そうでした。

工藤 ところが、輝くように美しい民間のプリンセスが颯爽と現れたとたん、そういう声がピタリとやんだのですね。時の岸信介首相、今の安倍首相のおじいさんが、「これで天皇制は安泰だ」と胸をなでおろした。

キーン 皇室自体も、ものすごく変わりましたね。私は、昭和天皇を一度しか見たことがありません。たまたま京都で、友人のバイクの後ろに乗っているところを交通規制で停められたのです。道路の脇にいたら、通り過ぎる車のシートに、じっと前を見つめたままの両陛下が座っているのが見えた。時間にして3秒くらい。昭和天皇は当時の日本人にとって、そんなふうに「向こう側にいる偉い方」というイメージだったのではないでしょうか。

工藤 まさに、その通りです。

キーン それに比べて皇太子ご夫妻は、気軽に国民の前に出られたでしょう。天皇、皇后になられてからも、それは変わらない。天皇陛下が幼稚園に行って園児たちと踊るなんて、当時の誰が想像しましたか? 私は2度ほど両陛下と晩御飯をご一緒させていただきました。そんな折に天皇は、まだ幼い頃、戦火の拡大であちこちに疎開したことなどを、もう過去のこととして、自由にお話しになるんですよ。

工藤 たしかに今の天皇の時代になって、皇室と国民との距離はずっと縮まりましたね。