これが、推しの効力か?
「推し」を手に入れた彼は、毎日そのアイドルの動向を見張り、広報担当かのように宣伝を垂れ流すようになった。
「今日の笑顔も国の宝だ」「顔や腹筋が神の造形」「発言の聡明さがノーベル賞級」など、以前の彼なら鼻で笑っていたであろう賛美の言葉を、真顔で連射している。それらの投稿は「生まれてくれてありがとう。彼女の周りの全ての人に感謝。世界ってなんて素晴らしい」と締められる。
おい、しっかりしろよ! どうしちゃったんだよアンタ! 鋭い言葉で社会をメッタ斬りにしてた地獄の分析官みたいなアンタはどこ行ったんだよ!
……と、胸ぐらを掴んで揺さぶりたかったのだが、 悔しいことに推しができてからの彼は、元から仕事人間だったのが、ゾーン状態に入ったようにさらにメキメキと活躍し始めたのだ。まさか……これが、推しの効力だと言うのか?
初めこそショックだったものの、毎日幸せそうでパワーアップした彼を見ていると、認めざるを得ない。そこには確かに、人生を好転させる「何か」があるのだ。
そんなに凄いのか? 彼が愛してやまないそのアイドルを観察してみた。顔はかわいくスタイルも抜群。歌もダンスも上手だ。しかし、ステージにいる人みんなが同じ「アイドル」という職業をしているように見える。
他の人とどう違うんだ……。ステージをぐるっと回ると誰がどの人だったかもう自信がない。それに、歌なら歌手が、ダンスならダンサーの方がもっとうまい。
すると彼は言う。「挫折と努力と成長という、彼女の人生の文脈を知らないからだ。私は彼女の人間性を応援している」と。
順番が逆じゃないか。その文脈を「知りたい」と願うには、まず「好きだ」という初期衝動が必要なはずだ。みんな同じに見えてしまっている私には、その入り口のドアが開かない。
それに、私にはその涙も、笑顔も、語られる苦労話さえも、すべては「アイドル」という商品を輝かせるための業務遂行に見えるのだ。光の当たっている一面だけを見て、魔法にかかることができない。
その存在に生きる希望を見出すことも、かわいいケーキの横に「推し」のアクスタを置いて「一緒に食べよう」と写真を撮ることも、私にはどうしたって無理そうだ。
