私だって無防備に幸せな涙を流してみたい
私が救いを求める場所は、彼らとは少し違う。
アイドルの作り出すキラキラした笑顔や、夢の国が提供する完璧なファンタジーに没頭することはできないが、大好きな作家、村田紗耶香さんや向田邦子さんの生み出す物語の世界には、まるで自分がその中で呼吸しているかのように没入してしまう。
彼女たちの文章には夢も魔法もない。あるのは、人間の残酷さ、滑稽さ、それでも生きていくことのどうしようもなさみたいなものだ。私は、どうしようもないダメな部分が剥き出しになった、生身の人間の物語が見たい。
ページの中にいるその不完全な人間たちに自分の心がピタッと重なることがある。彼らとともに泣き、怒り、妬み、悲しみ、絶望し、そして救われる。ああ、こんなに情けないのは私だけじゃなかったんだとホッとし、人類が愛おしく思える。
完璧な笑顔のアイドルには「汚いものは隠して、明るく正しく元気に頑張れ!」と言われている気がして息苦しくなるけれど、物語の中の泥臭い体温に触れると、私は息ができて「もう少しだけ、頑張ってみようかな」と思えるのだ。
推しがいる彼は「推しの笑顔ひとつで明日も元気に働ける」と言う。なんてコスパのいい、幸せな才能だろう。一方の私はどうだ。向田邦子の描く不幸や業を読んで、ようやく「あぁ、生きていてもいいんだ」と安堵する。毒を摂取しないと息ができないなんて、なんと燃費の悪い生き物だろうか。
ただ、これだけ理屈をこねて自分を正当化してみても、彼らのあのまっすぐに幸せそうな笑顔を見ると、やっぱり羨ましい。私もできることなら、ミッキーに手を振って、推しのアクリルスタンドに話しかけて、あんなふうに無防備に幸せな涙を流してみたい。
もしも明日、雷に打たれるように、理屈も文脈もすべて吹き飛ばして「ぬわあああ、とにかく好きだあ!」と思える人に出会ってしまったら。きっと毎日は、もっと騒がしくて、ワクワクして、最高に楽しいに違いない。
結局のところ、私はまだ、推しがいるあの世界を諦めきれていないのだ。
だから私は、今日も眉間に皺を寄せてドロドロした本を読みながら、横目でチラチラとテレビを盗み見ている。
私の理性をぶち壊し、このモジモジとした人生を吹き飛ばしてくれる、とんでもない魔法使いが現れないかな。
