父が七十歳を超えた頃から子どもに宣言したことがある。

「子孫に遺産なんぞ残すつもりはない。下手に残して争いの元になるぐらいなら、自分で稼いだ金は、自分で使い切って死んでやる!」

そう豪語し、母を引き連れて頻繁に海外旅行へ出かけるようになった。豪華客船の船旅クルーズに何度も参加した。

もっともさんざん散財してみたら、予想以上に長生きをして、最後に高齢者病院に入院した頃は、「俺は今、無収入だ。病院代が払えるかどうか心配で眠れない」とぼやいていた。でも実際には父が心配するほど貯金をはたいてはいなかった。おかげで我々子どもに金銭的負担がかかるようなことにはならなかったのだから、上手なお金の使い方をしたものだと今さらながら感心する。

「そうですよ。どんどん使ってくださいよ」

父の話をしたら、俄然、身を乗り出してきたのは秘書アヤヤである。普段の私のケチぶりを知っている友人知人までもが口を揃えて私を焚きつける。

「お金は墓場まで持っていけないんだよ。使いなさい、使いなさい!」

そこまでみんなに言われると心が動く。父と違って私には子も孫もいない。たまには贅沢も休養も必要か。そんな気がしてきたのは今年の初め頃。以来、各所に、「十月半ばに一週間ほど休みを取ってもよろしいでしょうか」と事前にお伺いを立てて回ることにした。おかげで対談仕事は何回分かを前倒しして行い、テレビ収録の日程も調整していただき、その他の原稿は書きためて、万全の準備をし、それこそコロナ騒動を挟んで六年ぶりの海外旅行へ繰り出したのである。