帰宅し、黒いパンプスを脱いだ途端、玄関の上がりがまちにへたりこんで動けなくなった。疲れていた。話し合いが何時に終わるのか見通せず、午後にすぐさま謝罪に行く可能性も考えて念のため全休を取ったが、取っておいて本当によかった。
 子育てはいつもこうだ。まったく予想外の角度から予想外の問題が襲来し、なすすべもなく引きずり回される。それにしても、子供ってこんなに不正確なことばかり言うのか。知らなかった。大人になっても知らないことばかりだ。
 ひとまず、利用している民間学童から送迎バスで水泳教室へ向かう櫂人のお迎え時刻まで、数時間は休むことができる。平日の午後に時間があるなんて夢のようだ。窮屈なスーツとストッキングを脱ぎ、舞子はジーンズとセーターに着替えた。コーヒーを淹れ、一息つく。
 目線がふと、家族のすべての予定を書き込んだ壁掛けカレンダーへ向かった。やるべきことがたくさんある、はずだ。櫂人の歯科検診の予約をしなければならない。市役所に行く用事もある。来週の遠足までに用意するように言われたものはなんだっけ。学校便りによると、来月には授業参観がある。夫と情報を共有し、どちらかの勤務を調整しなければ。PTA役員の後任探しも終わっていない。ぐるりぐるりとタスクが頭を回り、しかしどれも気乗りせず、やりたくない。
 しかしなにもせずに夕方を迎えたら、珍しく時間があったのにと後で落ち込むことになりそうだ。軽めのタスクで、できればこの鬱々とした悩みを一度頭から離して、気分転換できるような、なにか――。
 そういえば、義母の古希の贈り物探しを頼まれていた。
 百貨店に行こう。
 あの眩しくて美しい空間で、素敵な商品をたくさん見比べよう。
 そう思いついた途端、舞子の胸にぱっと明るい光が灯った。