五年かかった仕事が終わった。『わたしのおとうさんのりゅう』という。こんなに長くかかった仕事は初めてだ。四年半、書けない書けないと悶えていた。最後の半年で書きまくった。昔読んだ児童向けの全集を古本で何セットも買い直したから、家じゅう古いなつかしい本だらけになった。やっと終わった今になっても、戻ってこられてない。
早稲田での仕事が終わった二〇二〇年頃。大学院を卒業して出版社に就職したNが来て「先生、クラスで話してくれた話を書いてください」と言った。それは、あたしが『エルマーのぼうけん』を日本で最初に読んだ子どもだという話。児童文学の翻訳の話。
学生の頼みは断らない主義だから、はいはいと書き始めた。しかし時期尚早だった。書けなくなって立ち止まった。
あたしの父は元やくざで、元特攻隊の教官で、母は元芸者だった。お祖父さんは佐渡の金鉱掘りで、お祖母さんは神がかり。最強の家族ですよ。でも書き方がわからない。
あたしに宮尾登美子や火野葦平みたいな才能があったら、フィクションでつないで小説に仕立てて、人間たちがいきいきと立ち上がり愛しあい憎みあい生きて死んでという、すごい話が書けたと思う。でもあたしにそんな才能はなく、実は書きたくもない。
詩人としては別の表現をしたい。あっさりエッセイで書いちゃったらつまらない。いわゆるエッセイって、みなさんとあたしが同じ場にいて何かを共有しているっていう親密感がある。嘘はついてない、つかれてないという信頼感もある。
違う。あたしは事実を公開したいわけじゃない。あたしが書きたいのは、ものすごくあやふやな、読んでる人が、自分がどこにいるか一瞬わからなくなっちゃうような話。嘘八百書いてるのに、ほんとの言葉だけで組み立てて、真実は絶対にはずさない話。
