母親との食事は「生きるための選択」
それであるとき「これ大事にしてたんだけどな…」って言いながら、いつものように飯を食べに行く前に車で質屋へ品物を預けにいって。
母親が車に戻ってきた瞬間、「クソッ! ニセモノだった!」って。(笑)
持っていったものがニセブランド品だったらしくて、「10年くらい大切にしてたのに!」って憤慨していました。
でも、そもそも「美味い飯を食いたい」っていう気持ちがなかったら、それがニセモノだったという事実すら知ることもなかったわけで。
そう考えると、なんか不思議だし、そういう経験も含めて、母親との食事っていうのは、ただ「ご飯を食べる」ってことだけじゃなく、「生きるための選択」みたいなものと近かった気がします。