今一つ売れない作曲家と、流行歌に不向きな歌手
「別れ来て」と同じような論理は、昭和11年1月に発売された「満洲想へば」(作詞・高橋掬太郎、作曲・大村能章、歌・音丸)にも当てはまる。この裏面は古関の作曲で伊藤が歌った「月の国境」であった。レコードは20万200枚という大ヒット盤となったが、購入者は「満洲想へば」が目当てであった。
今一つ売れない作曲家と、流行歌に不向きな歌手とが組めば、売れ筋の哀感や感傷的な作品は回ってこない。古関と伊藤のコンビが制作を依頼されたのは、新聞社が募集する新民謡のような曲が多かった。
昭和11年3月発売の「躍進四日市」は、三重県で開催された国産振興四日市大博覧会の会場で流された。後半の伴奏の16分音符を含む音型が曲全体をひきしめる。軽快で短調のメロディーは、流行歌が好きな人の耳には心地よく響いたであろう。
博覧会には50日間で120万人が入場したが、聴衆が限定されているため、全国的に知られることはなかった。聞く人が限られ、ヒットの可能性が低くても、決して手を抜くことのない楽曲づくりをする古関の人柄があらわれている一曲である。