「では、始める。今日は二回目の会合だが、前回からずいぶん間が空いてしまったから、改めて趣旨を申し上げる」
 座長らしき初老の男が、甲高い声で言った。
「海軍省解体のおり、大臣は軍務局長に対して以下の訓示を与えた。一つ、海軍再建の構想を練ること。二つ、新日本建設に海軍の技術力を活用すること、三つ、海軍伝統精神の美風を新海軍に承継すること。この訓示を受けて第二復員省の残務処理部資料課、改組ののちは第二復員局の資料整備部で、非公式に海軍再建の検討が続いている」
 うちの課長が言う通り、俺は人間関係を広げねば、と松浦は痛感した。同じ役所のほぼ隣で、そんな重大な検討が進んでいるとはついぞ知らなかった。
「この会は分科会である。おもには再建後に構えるべき兵力量を研究する。組織、新軍の法的根拠などは別の分科会で討議されている。秘密を保持するため、他分科会との連絡は私のみが行う」
「分科会を束ねるトップはどなたでしょう」
 しゃあしゃあと松原が質問すると、座長は鷹揚にうなずいた。
「これも明かせない。ただし、我々は国家機密を扱っているわけでも、何か犯罪を共謀しているわけでもない。話がマスコミなどに漏れて無用な混乱を招き、海軍再建の機運が損なわれる可能性を回避したいのみである。他言は困るが、この場では後ろめたさなど感じず、気楽に話してくれればよい」
 おとなの自由研究という体裁なのだな、と松原はひとり合点した。それならば、マスコミに騒がれても「戦い足りぬ旧軍人の時代錯誤」とか莫迦にされて終わるだろう。実名つきで露見した構成員なり分科会だけ、蜥蜴(とかげ)のしっぽのごとく切り捨てればよい。
ときに、と別の人物が声を上げた。
「公布されたばかりの新憲法では戦争の放棄をうたっている。これと新海軍との兼ね合いはいかがか」
「それについて伝えたいことがあり、この時期に集まってもらった」
座長はそこでウイスキー・ソーダを一口飲んだ。
「GHQでも意見は分かれているが、マッカーサーは新憲法について、自衛戦力の保有まで禁止しているとは考えていないようだ」
「陛下の御前での憲法審議のおり、野村大将が  戦力保有を禁じる九条二項の削除を求めた。だが吉田総理から、当条の修正は困難であり、また自衛戦力が必要となれば米英に頼るしかない、と答えられたそうだが」
 男が問いを重ねると、座長は「そこなのだ」と応じた。
「その吉田総理が、別の場では野村大将に再軍備の相談をしている。総理の腹までは読めないが、必要とあらば再軍備にも踏み切るし、可能な限り防衛のコストを他国に負担させたい、ということではないか」
 人間関係が希薄な松原も、海軍の重鎮である野村吉三郎もと大将の存在くらいは知っている。戦前は外務大臣を務めてから駐米大使に就任し、成就こそしなかったが対米戦争の回避に奔走した。現総理大臣の吉田茂も外務省の出身で対米戦争に公然と反対していた。経歴と信条のゆえか、両者はどこか気脈が通じているらしい。
「では会のトップは野村大将なのですか」
 話が分からぬ新参者の顔で、松原は問うた。座長は苦笑しながら「答えられない」と首を振った。
「ただ、我々のラインの他にも海軍再建の検討は複数のグループで行われている。合流するか、支流のまま立ち枯れるか。それは我々が作る提案の有効性しだいだ」
「気になるのは運輸省です」
 ドアのそばから、立ったままの内海が発言した。
「終戦後、海軍の保護を失ったわが国の漁船が、大陸各国に拿捕される例が増えています。 これに対応するため運輸省では、アメリカの沿岸警備隊を範とした水上警察組織の創設を検討しています。また現在も、密入国船の取り締まりは運輸省が行っています」
「縄張り争いをするつもりはないが、お株を奪われたくもないな」
 座長は冗談めいた表現を使いながら、眉を不満げに歪めた。
「あと、予算も」
 さっき野村大将の話を切り出した男も同調する。
 おや、と松原は眉をひそめた。
 この人たちは、どこか物足りない。正確にいえば、潮気を感じない。
 会はそのまま、本題である必要兵力の検討に入る。円滑な討議を経て、空母など主力艦を擁した大規模なもの、航路防衛に必要最低限のもの、それらの中間の三案を今後検討することとなった。
 やはり松原は物足りなさを感じた。「村上くんに劣らぬ掃海の熟練者にいてもらって助かった」などと褒められたが、さほど嬉しくもなかった。かつての海軍省でよく見かけた、軍服姿の小役人と話しているような気分になる。三案を用意するという方針にも、決裁者の機嫌をうかがうような賢しらさを感じてしまう。
 翌日、松原は役所の廊下で村上課長を捕まえ、前夜の会について小声で報告した。
「私には再軍備を考える資格がない。だが容易ならぬ大事だから、私なりに節を曲げて前の会合には顔を出したのだが」
 村上課長はため息をつき、「きみの言う潮気については私も同感だ」と続けた。
「だからもう行きたくなくてな。きみなら志を持って参加してくれると思ったのだが、代わってもらって済まなかった。もう行かなくていいぞ」
「今後も顔は出すつもりです。志なんて大層なものは持ち合わせていませんが、興味はありますから」
 松原はそう言った。座長の話を聞く限り、あの会合はただの自由研究にとどまらず、再軍備の実現を左右できるくらいの人士とある程度は繋がっている。参加しても危険がなく、参加するだけの面白みはありそうだった。                〈つづく〉

 

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