福来屋(ふくらや)日本橋本店は職場の近くだけど、綾香は普段あまり利用していない。地下一階の食品フロアに「まんげつ」日本橋店が入っていて、ともすれば会社関係者に出くわしそうで、ゆっくりと買い物をするには向かない場所だ。

 それでも、今日はこの建物に入るほかない。他の百貨店ではそこまで移動する間に、悩みの底からふっと咲いたささやかな決意がしぼんでしまうかもしれない。

 入り口横に設置された青銅製の鳥の巣の飾りを数秒見つめ、綾香は夜道へ向けて黄金色の光をふくらませた正面玄関の扉を通った。

 エントランスホールは仕事帰りの客と海外からの観光客で賑わっていた。季節柄、大きなクリスマスツリーが設置されていて、そちらにスマホのカメラを向けている人も多い。綾香は館内を見回し、クリスマスツリーを素通りして、一階でひときわ目立つ輝きを放つ一区画を目指した。世界的に有名なブランドがずらりと並ぶ、化粧品売り場だ。これまで綾香はコスメカウンターを利用したことがなく、いつか入ってみたいな、と思ってもきっかけがつかめず素通りしていた。わざわざ緊張しながら百貨店のコスメカウンターに寄らなくても、ドラッグストアでも通販でも、どこでだって化粧品は買える。むしろそちらの方が気軽に買える。

 でももしかしたら、私はずっと困っていたのではないか。

 その認識が芽生えたら、プロを頼ってみる頃合いなのかもしれない。

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