「役者として、劇作家として40年以上生きてきたなかで、もしかしたら今が一番葛藤しているかもしれません。」
女優、劇作家、演出家として40年以上キャリアを積んできた渡辺えりさん。若くして注目を浴びる存在となりましたが、その陰ではさまざまな試練があったといいます。なぜ、逆境も力に変え、常に前進を続けることができたのか。新型コロナウィルスによる自粛期間に渡辺えりさんが語ったことは(構成=内山靖子)

これまでの演劇人生で、一番葛藤している

今、ほかの多くの業種がそうであるように、演劇界も大打撃を受けています。劇場が閉鎖になり、すべての公演が中止や延期を余儀なくされました。私自身、自分は何者だったのかと自問自答する日々です。役者というのは、お客様の感情を揺さぶって、拍手をいただくことを糧に生きています。一人でも多くの方の喜ぶ顔が見られるように、それこそ命がけで舞台に立っているのです。それなのに、お客様を喜ばせることがまったくできない。今の自分は、いったい何のために生きているんだろうって。

生の舞台というのは、テレビをつければどなたでも観ることができるドラマなどとは違います。お客様は数ある演目の中から観るものを選び、事前にチケットを購入し、劇場までわざわざ足を運んでくださる。だからこそ、観てくださる方に生きる勇気が湧き上がるような芝居を届けたいし、演劇ならばそれができると信じています。

私自身も、高校1年生の時に地元の山形で観たテネシー・ウィリアムズの『ガラスの動物園』に救われました。ハンディキャップを持ち内気で繊細なローラが、実は周りの人たちの支えになっていたという物語。号泣して席から立ち上がれないほどの感動を覚えました。思春期でさまざまな悩みを抱えていた私は、生きることに自信を失っていたのですが、「自分も生きていける!」と、勇気づけられたのです。

それは今でも同じです。苦しい時、つらい時には生の舞台を観たいと思いますし、自分もお客様の心に寄り添うお芝居を届けたい。今のように誰もが鬱々とした心を抱えている時にこそ、みんなを励まし、生きていく力の源になりうるのが演劇なのに、それができない……。役者として、劇作家として40年以上生きてきたなかで、もしかしたら今が一番葛藤しているかもしれません。

緊急事態宣言が出てからは、山形の両親にも会いに行けなくなりました。それまでは月に1度の割合で、介護施設で暮らしている両親の顔を見に、故郷に足を運んでいたのですが……。

とはいえ、この状況下では仕方のない話です。大勢の高齢者が暮らす施設で、万が一、感染が広がったら大変ですからね。家族とはいえ、面会できなくなるのは当然のこと。最後に施設を訪ねた時に、お土産に持っていったケーキやプリンを両親と一緒に食べながら、いつもよりゆっくり過ごせて本当によかったと思っています。

春から初夏にかけての山形は本当にいい季節なんですよ。花はきれいだし、空気はおいしいし。本来ならば一番帰りたい時季なのに、それが叶わないのはとても寂しい。故郷があるからこそ、自分はこれまで頑張ってこれたのだと、つくづく感じずにはいられません。