作家の松田青子さん(撮影:黒瀬万里子)

 

2013年、『スタッキング可能』でデビューした作家の松田青子さん。最新作は初めての長編小説。現代の日本社会について感じる違和感や不条理を、かつて自身もハマったというアイドルの存在を軸に描いています(構成=古川美穂 撮影=黒瀬万里子)

いま私たちが生きている日本を未来の少女たちが見たら……

〈「おじさん」によって国が滅び、世界が滅びる。「おじさん」によってみんな死ぬ〉。そんな一文を本書の中に書きました。鍵かっこつきの「おじさん」は、家父長制的な考えに基づいた男性中心主義が今も息づく日本社会の象徴。文字通りの中年男性に限らず、若くても、女性でも、「おじさん」にならざるをえない人もいます。

主人公の敬子は30代の非正規社員。職場で狡猾なセクハラ男に陥れられ、仕事を失います。会社は非正規雇用の女性の訴えよりも、男性社員の言葉を信じる。そんな男社会の不条理を味わった敬子が、偶然目にして惹かれたのは、ある女性アイドルでした。笑顔も媚びもない、世界に喧嘩を売るようなまっすぐな眼差し。これがアイドルを量産する男性プロデューサーの演出だという事実に葛藤しつつも、敬子は「推し」に夢中になります。

一方、未来のある時、突然「おじさん」の眼にだけ少女の姿が見えなくなります。少女たちは自らに向けられる視線から解放され、セーラー服も特別な意味を持たなくなり、心身ともに自由になる。そんな世界の彼女たちから、今の私たちはどのように見えるのか。物語は現在と未来をパラレルに進みます。

本書を執筆した動機のひとつに、現代の日本社会について描きたいという思いがありました。男女の格差を表すジェンダーギャップ指数を見ると、日本は世界153ヵ国中121位。「先進国」の中でも最低です。

この国では、社会の仕組みがおかしいと感じることがあっても、とくに若い女性は、なかなかそれを声に出せません。私もたとえば20代のときは、男性から高圧的に振舞われたり、馬鹿にされるような言動を取られたりしても、その理由がよくわからないこともありました。若いうちは、自信がなかったり自分の勘違いではないかと思ったりして、何も言えないんですよね。違和感に言葉がついてくるようになったのは、30歳を過ぎたころからだと思います。言語化されると、「あれはセクハラだった」とか「やっぱり女性差別だった」と認識できる。それで今回、敬子を30代という年齢にしたんです。

アイドルは私自身もけっこう好きで、AKB48にはまっていた時期もあります。でも、あるメンバーが交際発覚で丸坊主になったのを見たときにほとほと嫌になり、しばらく離れていました。ところが最近ふとしたことで、また別のアイドルグループが好きになって。「おじさん」に演出される「アイドル」という構造に疑問を持っていても、女の子たちのパフォーマンスを観たら心が動いてしまう。この感情は何だろう。それを言語化したいという気持ちもありました。

『持続可能な魂の利用』著:松田青子

タイトルにある「持続可能」は、環境問題で最近よく使われる言葉ですね。でもこれは、不条理と戦いながら生きる人にとっても、大切なことだと思うのです。

毎日ご飯を食べ、お風呂に入って身だしなみを整え、仕事に行ったり家事をしたり。それでようやく「普通」が保てるって、実はけっこうしんどい。皆それをやって自分を維持しています。でも一番重要なのは「魂の持続可能性」です。魂が疲れて消耗すると、体も動かなくなり、社会からこぼれおちてしまう。だから自分を大事にして、魂をすり減らさないこと。現実の私たちを取り囲む状況はまだまだ厳しいですが、皆さん一緒にがんばりましょう。そんな気持ちを込めています。