ささやかながらツイている

中村 話は少し戻って、ホリプロに入社した頃のことを教えてください。ホリプロ社長の御曹司は、社内でどう迎えられたんですか。

 ホリプロの社員は、僕を「堀」って呼んでいいものかと、僕が入社する前に相談していたらしいです。社内には親父と親父の従弟、先に入社していた兄貴がいて混乱する。結局、「義貴ちゃん」と呼ぼうと。

中村 業界人っぽい。(笑)

 慣れるのに半年かかりました。

中村 ホリプロに入った経緯は。

 フジサンケイグループのクーデター事件などいろいろありまして、あるとき会社を休んだら、父親から電話がかかってきて銀座におでんを食べに行くことに。「ニッポン放送はどうなんだ」と言うから、いろいろ話すうちに「じゃあお前、ホリプロ来いよ」と。

中村 待ってました、ってことじゃないですか、お父様としては。

 何でピンときたかは全然わからないんですけどね。そのときは行く気はないと断りました。ホリプロは堅すぎて僕の体質に合わない、と。それから半年で3回くらい、そういうやりとりが続いて。ニッポン放送は自由だし、やりたいことは何でもできると言ったら、「じゃあニッポン放送みたいに変えればいいじゃないか」。それで考えてみるか、と。

中村 いよいよホリプロに入社を決めたんですね。

 実は入社する前にちゃんと総務と打ち合わせていなくて、実際の給料を聞いていなかったんです。入ったら年収が半分に減っちゃってた。税金が払えなくて困ってしまい、慌てて借金しましたよ(笑)。180万円あったニッポン放送の退職金も気前よく使ってしまったあとでしたから。

中村 それは剛毅ですね。1993年にホリプロ入社、制作や宣伝を経て、2002年に36歳で社長に就任。現在まで18年間社長を務めています。お父様から薫陶を受けたことはありますか。

 それがなんにもないんです。当時の社長と兄貴と僕の3人が帝国ホテルのバーに呼び出されて、「えー、6月から会長、副会長、社長、はい、以上」。あとは、「大変だけど、頑張ってくれ」。それだけで、すべて任せるという姿勢は変わりません。

中村 老害といわれる経営者が多いなか、未練がないというか、さっぱりしていますね。けれど一時は東証一部上場で、芸能界一信用度が高いとされたホリプロです。若い二世社長に対して“親の七光り”みたいな言われ方もあったのではないですか。

 私は非常に恵まれていて、どうせバカだと思われているから、ちょっとやるだけですごい人だと見直されるんです。普通にしていればただのバカだけど、それでも普通でいい。よほど変なことさえしなければ、「あれ? 意外とバカじゃないぞ」と、ものすごく点数が上がります。逆に二世じゃない人が社長になると、期待値が高い分、それを超えないといけない。その点、自分は楽ちんですよ。

中村 とんでもない。才覚がなければ7年間も音事協会長を務められませんし、業界全体のためにそこまで汗は流せないと思います。ところで、今、力を入れていることは何ですか。

 会社としては22年夏に上演される舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』ですね。東京のTBS赤坂ACTシアターが専用劇場となり、無期限ロングランという、うちにとっては初めての試みになります。

中村 無期限ロングランですか。

 はい。これがコケたら会社が潰れるという覚悟です。17年に日本初上演を果たした『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』も、1年半かけて主演の子たちを育てるという前代未聞の挑戦でした。準備も稽古もあまりに過酷で、そのうえお客さんが入らずに何億も損失を出したらどうにもならないなと思っていたら、3ヵ月公演の間にギリギリ黒字になりました。

中村 よかったですね。

 このときは、やはり日本初上演となる『メリー・ポピンズ』という大作も決まっていて、えらいことになったぞと。でも、「これも神の采配で、お前がやれってことだろう。やるしかない」と赤字を覚悟したら、黒字になっちゃった。ツイてるといえば、ツイてるんです。コロナの影響で、正直、3~5月は収支が真っ赤っかですよ。でも、もうダメだ、終わったなと思っているとね、シャープのマスクが1回目の抽選で当たっちゃったりするわけですよ。

中村 えっ、応募倍率117倍とニュースになっていましたよ!

 うちの女房は外れたの。でも諦めないで3回目のときにもう一回やったら、女房も当たっちゃって。あとは酒蔵会社が作ったアルコール度数77%の消毒液。これも一応やっとくかって応募したら、当たっちゃって。

中村 すごいじゃないですか。

 毎月、何億も損してて、下手したら年間で何十億いくかって落ち込んでるときでも、人間って不思議なもので、ささやかながら気持ちが盛り上がるんです。当たった~! って(笑)。シャープのマスクを当選させてやるから、落ち込まずに永田町に行って陳情して来いってことなんだろうな、と思っています。