父親参観と選挙カー
焼跡闇市派、無頼、破天荒と称される父だけれど、家庭では子煩悩、過保護気味な愛妻家。母に対して声を荒らげたり命令したり、名前を呼び捨てにした場面さえ見たことがない。
「あなた」と問いかけ敬語で話し、娘たちも小さなレディとして扱って、例えば父は私の目の前で着替えたことがない。
自分なりの「ダンディズム」に溢れた人だったと思う。
小学4年生の時、新しい試みで父親参観日というのがあった。父の日に合わせ6月で、折しも初出馬した参議院議員選挙の真っ最中。
父の周囲は熱い想いの若者たちで固められ、連日連夜の大騒ぎ。父と顔を合わすこともない日々だったのだ。
どうせ来られないだろう、私は学校からのお知らせの紙さえ見せていなかった気がする。
そして当日、教室の後ろにズラリと並ぶお父さんたち。もちろん父はいなかった。ちょっと残念でホッとしたような私。
参観授業の終了まで残り5分の頃だったろうか。ガラッと後方の扉が開いて、先生、父兄、生徒の視線が一点に集中した。
ま、まさか。恐る恐る振り返った私の目に飛び込んで来たのは、純白のスーツにハット、黒メガネできめた父の姿。
ざわつくクラス内を先生が諫め、授業が続けられた数分後、再び振り向くともう父はいなかった。今のは幻に違いない!
その後の休憩時間、校庭に出て遊んでいるとどこからか、「野坂昭如でございます」と選挙カーからウグイス嬢の声が聞こえてきた。
ああ、あれはやはり本物だったんだ、と妙な気分で納得、悪い気はしなかった。
父の口癖といえば「僕はベストドレッサーに選ばれているから」。オシャレなのだと言いたいようだ。
実際それなりにこだわりがあって、洋服でも毛皮でも自分で選んで買ってくる。
ブランド品は有難がって着るものじゃない、とびきり高価な服を無雑作に着て、ワンシーズンで捨ててしまうのがいいんだ、なんてうそぶいていた。
そういえば一緒にロンドンを旅行した時のこと、トレンチコートを買いたいという父を連れてバーバリー本店を訪ねた。さっそく店員に勧められたコートを試着し、「あっ、これで良い」。もっと他のも着てみれば、と思ったが、これにするの一点張り。その後に行った帽子屋も、靴屋でもそうなのだ。ファッションに一家言あるといいながら、最初に試したものを即購入。多分、試着が恥ずかしかったのでしょう。
照れ屋なくせに、人を驚かすのが好きだった。
ある年の結婚記念日には、母の留守中に幅2メートル近くある豪華な鏡台を内緒で運び入れプレゼント。以前、その鏡台の前で、素敵ねぇ、とつぶやいていたのを聞いたらしい。
クリスマスには、私の枕元まで重たい自転車を持ち込んだこともあった。部屋は二階で階段は狭いのに、イヴの夜、一人でどうやって運んだのだろう。