「前の僕とは違う」と認めないことには、前に進めない

昌子 手術で取り除けば治ると言われても、子どもたちを守り育ててくれた子宮を失うと、女性でなくなるような気がして――そんなことはないですけれど。それに再発への不安もありました。その後1年間、手術を避けて薬餌療法を試みたのですが、副作用で顔中に湿疹ができて、とても人前に出られる状態じゃない。テレビのお仕事でも、うつむいてばかり。それで10年の5月に手術に踏み切ったのです。術後は順調に回復し、ようやく元気を取り戻しました。でも、それまでの3年間は、病気の苦しみや歌をうまく歌えないために絶望感でいっぱいでした。

秀樹 僕もね、「こんなはずじゃない」と追いつめられた気持ちだった。リハビリも、手の機能回復のためにボールを持ち上げたり、おはじきをしたりで、「なんで、こんな子どもじみたことをしなきゃならないんだ」と、最初は怒りさえ感じた。だけど実際には、そんな簡単なこともできない自分がいる。それが現実。病気をして、できなくなったことはたくさんある。ならば、「ありのままの自分」を受け入れて、今できることをやるしかないんだね。「前の僕とは違う」と認めないことには、前に進めない。

昌子 いくらまわりに「前向きに」と言われてもダメなんですよね。自分自身がそのことに気づかないと。

秀樹 そもそも僕が脳梗塞になった大きな原因は「水」なの。それまで、ステージをこなすパワーを身につけ、体形を保つためにボクサー並みの激しいトレーニングをしていたんだけど、その際に水分補給をほとんどしなかったのが間違いだったんだね。いつの間にか血管がむしばまれていて、最初に倒れたのも、サウナでの脱水症状が引き金だったから。今は朝起きたら500 mL、1日に2~3Lは水を飲むようにしている。脳梗塞についての講演を依頼されると、まず言うのが「水をたくさん飲んで」ということ。

昌子 その後のリハビリはいかがですか。

秀樹 一所懸命に続けてます。リハビリ施設に通って機能回復のためのメニューをこなしているし、声のほうも、舌のトレーニングのために音読──文章を声に出して読むというのを1時間、毎朝の習慣にしている。とにかく積み重ねが大事だから。

昌子 何ごとも積み重ね、というのは私も実感しています。再デビューしたとき、昔のように歌えなくて、ひどく落ち込んだけれど、秀樹さんがおっしゃるように、トレーニングを地道に続けていくしかないですよね。

「『うまい』と言われるより、『心に沁みた』と言われたい」(森さん) 2019年3月、年内での芸能界引退を発表した