ドールハウスの中に一人取り残されて

名門校への扉は、夫婦の結束がなければ開けない。私は苦肉の策を講じた。

「ねぇ、別居って言うから聞こえが悪いのよ。単身赴任って言えばどうかしら」

「サラリーマンならわかるけど、病院を開業してて単身赴任っていうのは不自然だろ」

「じゃあ、あなたは遠方に住む高齢の両親を心配して、頻繁に向こうとこっちを行き来しているっていうニュアンスにしておきましょう」

私たちは打ち合わせを繰り返し、小学校に入ったあとは、娘にも念押しした。

「もし先生やお友達に、パパは? って聞かれたら、タンシンフニンと言いなさい。言ってごらん」

「タンシン……フニン」

とにかく体裁さえ取り繕っておけば、どうとでもなる。幸い、夫は潤沢な生活費を渡してくれていたから、私は専業主婦として娘べったりの生活を送ることができた。華やかな女性誌に取り上げられるような“勝ち組”主婦なのだと、自分で自分に言い聞かせてきたし、母一人娘一人というドールハウスの中で繰り広げられるままごとのような暮らしは、快適このうえないものだ。

ところが、娘にそんな胸の内を見透かされるのは時間の問題だった。思春期になった娘は、明らかに私に対して冷笑的になっていった。「仮面夫婦を続けるのはあなたのためってママは言うけど、結局自分がかわいいからだけじゃない」と言われた時には傷ついた。図星だからだ。

やがて娘は大学進学とともに一人暮らしを始め、私のもとから離れていった。いまは就職し、大学時代に知り合ったボーイフレンドとのデートに忙しい様子。ずっと母娘で助け合って生きていく、などというのは母親側の勝手な希望にすぎず、娘がいない家に用はないのか、夫の来訪もずいぶん間遠になった。

昨年のクリスマスイブにも、腕によりをかけてケーキやローストチキンを用意したが、娘も夫も帰って来ない。娘は彼氏と、夫は実の両親と水入らずのほうが楽しいのだ。そうして私は、ドールハウスの中にたった一人取り残されてしまった。娘が憐れんだ面持ちで、「ママも自分の楽しみを見つけたほうがいいんじゃない?」と言った言葉が、ずっと耳の奥をひっかき続けている。

私は、淋しくなって夫や娘のもとへ長電話をかけ、鬱陶しがられないように、最新のカラオケセットを購入した。ユーミンの「恋人がサンタクロース」をセットして夜な夜な遠い目をして熱唱する私は、やっぱり淋しい女だろうか。

今日もとびきり上等のワインを開け、一人カラオケで盛り上がるつもりだ。


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