上野千鶴子さん(右)と稲垣えみ子さん(左)(撮影:宮﨑貢司)
介護現場の取材を重ねる上野千鶴子さん。新聞社を早期退職後、モノを持たないシンプルな暮らしを実践している稲垣えみ子さん。“おひとりさま”当事者として、この先や認知症について、どう考え備えているのでしょうか(構成=福永妙子 撮影=宮崎貢司)

人生後半の長い道をどうやって下っていく?

上野 稲垣さん、健康食をやっていると、贅肉はつかないんですね。

稲垣 健康食というつもりではないんですが、うちには冷蔵庫がないので必然的に昔の食生活になっておりまして、基本は一汁一菜。これがいちばん楽なやり方になりました。むしろ、ご馳走を食べると胃がびっくりして、おなかを壊すんです。

上野 あら、そうなっちゃったの(笑)。禅宗のお坊さんみたいね。

稲垣 あ、そうなんです。以前、宗教学者の山折哲雄先生から、食を絶って死ぬ即身仏の話をお聞きしたことがあって、この頃、もしかして今の私ってその途上にあるんじゃないかと思ったり。食べるものの種類も量も減らし徐々に体を軽くして、最後はふっと死んでいけるんじゃないかと。

上野 今、おいくつですか?

稲垣 55歳です。

上野 先は長いですよ。(笑)

稲垣 そうですね。ただ、人生100年とすると、すでに折り返し地点を過ぎました。

上野 山登りにたとえると、上り坂から、下り坂へ……。

稲垣 残り50年をゆっくり下っていけたらと思うんです。5年前に50歳で会社を辞めたのもそうですが、いろいろな偶然もあって、実際に生活を小さくしていく方向に転換して。今は意識的に人生後半の長い道を楽しく下っていく方法を探っています。

上野 ほんと長いですね。友人の社会学者・春日キスヨさんがお書きになった『百まで生きる覚悟』という本によると、90歳を超えて生きる確率は男が4人に1人。女が2人に1人以上だそうです。稲垣さんも健康上の問題が何もないなら、90歳以上まで長生きなさるでしょうが、今の年齢でもう、浮世の煩悩も欲もなくなられましたか。

稲垣 「あれもやりたい、これもやりたい」という気持ちは本当になくなりました。

上野 「何歳になっても、自分の可能性を閉ざしてはいかん」とおっしゃる方もいます。

稲垣 今、小学校のとき以来のピアノを習っているんですね。子どもの頃は、発表会に出て「うまい」と言われたいという気持ちがあって、でも練習がイヤで投げ出した。今は何も目指さず、とにかく練習が面白くてしょうがないんです。

上野 難曲に挑みたいといった、成長欲や達成欲は?

稲垣 目標をつくるって良いことのように言われますが、一喜一憂の狭い世界に戻るような気がして、それはイヤなんです。これには母のこともあるのだと思います。

上野 お母さま、もうお亡くなりになっているんですよね。

稲垣 認知症になって3年後、お風呂で溺れ、救急車で運ばれたんですが、肺炎になって。退院することはなく息を引き取りました。80歳でした。3年前のことでしたが、母を見てきた体験が、私にとってはとても大きかったのです。その話をしていいですか?

上野 もちろん、お聞きしますよ。