「一緒に泣いたり笑ったりする、そういう役割は親しい人にしかできません。」(上野さん)

認知症おひとりさま、困るのは誰?

上野 私はひとりが苦にならないし、認知症でも自宅にいたい。今の研究主題は「独居の在宅認知症介護」です。認知症になっても、ひとりで家で暮らせるかって。

稲垣 私も直面する問題です。

上野 この話を専門職の人にぶつけると、「認知症者の在宅ケアは、ご家族がいないと無理です。独居の場合、最後は施設に入っていただかなくては」とおっしゃる。

稲垣 高いハードルは何ですか。

上野 「在宅の限界」は何かとケアマネージャーさんにうかがうと、異常行動だと。たとえば異食。

稲垣 イショク?

上野 変なものを食べる。たとえば、「冷凍食品がかじってあった」とか。死ぬわけじゃなし、ほっとけばいいのにと私は思うんです。異常行動では、「夏にお訪ねしたら、スッポンポンで玄関に」。元気なお年寄りが全裸で若いヘルパーさんを待っていたらセクハラです。でも、認知症の方にとって、暑いときの裸は気持ちいい。私は「スッポンポンで誰がお困りですか」と、ケアマネさんたちに食い下がりました。するとおっしゃったのが、「私たちが困ります」。

稲垣 困るというのは?

上野 家族や周囲から、「ちゃんと看ているのか」「あの状態で置いておくのか」と責められる。

稲垣 ご本人が困っているわけではないのですね。

上野 こういうケースがあります。認知症のお父さまが独居で暮らしている。座敷は、ウンコ、オシッコまみれ。それを定期的に入っているヘルパーさんがお掃除なさる。長男は近くに建てた新しい家に妻と住んでいる。親戚縁者や近所の人たちは、「なぜ新居に父親を引き取らないのか」と責め立てる。でもね、それをやったらトラブルが絶えず、妻は出ていき、家族崩壊ですよ。

稲垣 そうですね。

上野 息子さんはケアマネさんと話し合い、「親父にとって馴染んだ家。どこでウンコをしてもオレは構わない」と。ケアマネさんは、「ご家族が覚悟を決められたら大丈夫」とおっしゃっていました。

稲垣 それ、いい話ですね。

上野 覚悟を決めるというのは地域に対してもそうです。定期的にヘルパーさんに入っていただいて、ご本人も機嫌よく過ごしておられるのなら、あとはご家族が「うちの親はこういう状態ですから、よろしくお願いいたします」と地域を説得できるかどうかです。石垣島ではヘルパーさんから「ここにはお年寄りの徘徊はありません。お散歩があるだけです」と聞きました。周囲が見守っているんです。

稲垣 家族と地域ですか。私には姉がいますが、歳をとったとき、家族の介入はなさそうです。

上野 介入がないほうがいいんですよ。認知症には環境の変化は望ましくない。ずっと住んできた家で、穏やかに暮らしたい方も多いはずです。施設入居は本人ではなく、家族が決めますからね。また、家族がストレス源ということもあります。相手を思ってとはいえ、家族は叱ったり励ましたりするでしょう。

稲垣 思い当たります。

上野 でも、励まされるのだって自分の現実を否定されること。急かされたり、責められたりがすべてストレスになります。

稲垣 私の場合、歳をとってひとりで暮らし続けるためのハードルのひとつは既にクリアできているといってもいいんですね。

上野 そうです。ただ、家族にしかできない役割もある。たとえば、傾聴ボランティアが私のところに来たら、性格の悪い私は「見も知らないあなたに、なんで私の昔話をせなならんねん、帰って」と言いそう(笑)。思い出話は家族や友人など、それを共有する人としてこそ意味があります。

稲垣 「あのときね」「そうそう」みたいな話は、赤の他人とはできませんからね。

上野 一緒に泣いたり笑ったりする、そういう役割は親しい人にしかできません。認知症の人は認知障害ではあるけれど、感情障害ではない。「あんた誰?」と親に言われると娘は切ないけれど、「自分に好意を持ってくれている人が来た」というのは、親も何となくわかっている。ヘルパーさんも、「そういうときは表情が違いますよ」とおっしゃっています。