家事の合間に、オペラのアリアを
父は家族をクラシックのコンサートにもよく連れて行ってくれました。でも、ワーグナーの『さまよえるオランダ人』なんて難解なオペラを小学生が聴いても、まったくわからない。あまりにもつまらなくて、なんて暗い音楽なんだという記憶しかありません(笑)。クリスマスや友達が自宅に遊びに来たときなどは、家族で気軽に合奏することも。父がハモンドオルガン、姉たちや僕がピアノで母が歌って。
母は本当に歌がうまくてね。家事の合間に、よくオペラのアリアを歌っていました。声もよかったし、母の歌声を聴くと子ども心にもうまいなぁって。僕が大きくなってから、「私はベルトラメリ能子先生の一番弟子だったけど、あなたの子育てのおかげで声楽をあきらめたのよ」って。そんなことを言われてもねぇ(笑)。
「ずっと歌い続けていればよかった」と言っていたこともありましたけど、思うに、母は自分が脚光を浴びるような立場にはなりたくなかったんじゃないのかな。プロとして表舞台に立っていれば、必ずや日本を代表するようなオペラ歌手になっていたはずなので、もったいないとは思いましたけどね。
とはいえ、僕が物心つく頃には、うちには父のお弟子さんや書生さんが5~6人もいて。その人たちの世話も含めて、母が家の中のことをすべて取り仕切っていたから、父は音楽に専念することができたのでしょう。作曲面でのサポートこそしていなかったものの、母が父の精神的な支えになっていたことは確かです。