「もう一度人生をやり直せるなら、きっとこれはやらないだろうな、行かないだろうなっていうことがたくさんある。(笑)」(阿木さん)

「無駄遣い」にけじめをつけて

阿木 やっぱり貯め込むだけじゃダメよね。入った分は出さないと。

飯田 阿木さんはお金のことに疎いタイプなので、わけのわからないものにつぎ込むことが多かったんじゃないですか。

阿木 本当に。私の人生、たくさんの無駄遣いをしてきましたね。もう一度人生をやり直せるなら、きっとこれはやらないだろうな、行かないだろうなっていうことがたくさんある。(笑)

清水 一番大きかった散財はなんですか。

阿木 やっぱり、スナックのあとにはじめたライブハウスかな。24年間やってて、去年はじめて店長から「黒字になりました」って言われたの。しかもたった43万円! これはもうダメだな、と。

飯田 赤字続きなのに、よくそんなに長く続けられましたね。

阿木 本当に道楽を超えているわよね。愛着を断ち切れない性格で、11年の震災後に一度、お店を閉めたんです。閉店の告知をしたらお客様がたくさん来てくださって。そしたらなんだかすっごく寂しくて、お店が泣いているような気がして、また再開したの。まるで閉店詐欺(笑)。そこから10年近く頑張ってはみたんだけど。

飯田 でも、社会貢献にはなったんじゃないですか。

阿木 そこで育ってくださったアーティストさんとか、そのファンの方とかがたくさんいて。今回閉店のお知らせをしたら、皆さん連絡をくださったの。ひとつひとつ読んでいたら、お店は多少なりともこういう方たちの役に立っていたんだな、とは思えた。でも来世は絶対やらない。(笑)

清水 とは言いながら、再開することもあったりして?

阿木 それはもうないの。実は今日がお店の引き渡し日で。ここへ来る前に見たら、きれいにスケルトンになってました。閉めるのにもエネルギーがいるから、元気なうちにできてよかったと思ってる。

清水 お店をはじめたり、閉めたりは、直感で決断するんですか。

阿木 私、とっても軽率なの。スナックをはじめるときは、「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」が売れて、ちょっとお金が入ってきたときだったのね。通りすがりにふと見たら、「スナック売ります」みたいな貼り紙が出ていて。350万円を払えば居抜きでオープンする権利が得られるって言うの。“おてもと”まで残ってて、主人も面白がって「やろうよやろうよ」なんて言うもんだから。

清水 目に浮かぶ。いい夫婦だなあ。

阿木 1週間後には、いきなりママ。最初の頃は名前も売れてないから、「ママ」とか呼ばれてちょっと触ってくるような人を邪険に払いのけたりしてね。おしぼりを渡すにも、「あっちっち」なんてお客様に向けて放り投げたり。あとお客様って、何度か来てくださると、自分の顔を覚えてくれてるって思うでしょう? でも私、人の顔が覚えられない病気なの。

飯田 いいえ、阿木さんはその人に興味がなかったんです。(笑)

清水 占いにそう出てるそうです。

阿木 向こうはボトルが出てくるのを待ってるんだけど、出しようがなくて、「どこかに紛れちゃってるみたいです。お名前、あ行でしたっけ?」なんて聞いたりして。(笑)

清水 忘れてるの、バレバレ!

阿木 ママも経営も、全然向かなかった。大きな無駄遣いだったけど、それも今日で終わり。

清水 じゃあ今日は大きな記念日ですね。寂しいものですか。

阿木 さっぱり、のほうが強いかな。私、お店は気まぐれにはじめたけど、それなりに続けてきたことに意味があるのかな、といまは思っているの。