美しい時間と創造力の記録
テイラー・スウィフトの8月7日に日本で発売されたアルバム《フォークロア》を、すでに入手、あるいは聴き込んでおいでになるだろうか。
テイラーは昨年12月13日で30歳。アルバム・デビューから今年で14年。セカンド・アルバムの《フィアレス》が、いきなり全米アルバム・チャートの1 位を飾って以降、今回のアルバムを含めて、デビュー盤を除いて全7作が1 位を記録している。
しかも今回は、前作の《ラヴァー》が全世界で300万枚以上を売り上げて、まだ1年も経っていない今年7 月にアメリカでデジタル配信されると、今現在でもアルバム・チャートの6週連続1位になるなど( 9 月20日現在)、驚異的な反響を巻き起こしているのだ。
霧が立ち込める林の中を歩くモノクロのジャケット写真と、「フォークロア」(伝承とか民族音楽の意味)という地味なアルバム・タイトル。テイラーと言えば、真っ赤な口紅が強烈だった4 枚目のアルバム《レッド》と、そこからのシングル曲〈私たちは絶対に絶対にヨリを戻したりしない〉に代表されるように、派手で華やかで、自ら歌い踊るミュージック・ビデオ共々、元カレを題材にしたスキャンダラスで痛快なイメージだったのに、これはどうしたことか。
テイラーは新型コロナウイルスの影響で、予定されていたツアーや、LAのオリンピック用スタジアムのこけら落としとなるコンサートがすべてキャンセルとなった時間の中で、「私たちが生きているこの時代は何も保証されていないんだ、とあらためて思い知らされた今、自分が好きな作品を作り出せたのなら、とにかく世に送り出してしまおう」と、前作との発売のタイミングなどいっさい気にかけずに、この美しい時間と創造力の記録を発売したのだと言う。
今回あらためてびっくりさせられたのは、音楽家、クリエイターとしてのテイラーの耳の確かさだ。5枚目のアルバム以降、テイラーを盛り上げてきた売れっ子プロデューサーのジャック・アントノフのほかに、アメリカのインディ系のロック・フォーク畑の若い才能を多用しての作品と音創りが、まさにアメリカという広大な音楽畑の大地から、新しくも伝承的なサウンドと作品を産み出している点が素晴らしい。
どうやら現在はイギリスの優しい顔をした俳優ジョー・アルウィンと、初めてというほど穏やかに充実した恋愛関係を続けているようで、このアルバムからのヒット曲〈カーディガン〉もまた、そんなテイラーの心境を伝えている。一方、プライヴェートな心模様とは距離を置いた普遍的な心情や情景。今までの女性サイドからの一方的な攻撃とは違った男女関係の難しさ。それに詩人の眼で見つめている短編小説のような歌など、このアルバムの評価は、テイラーを初めて「売れる才女」から、「時代を伝承していく成熟したシンガー・ソングライター」の地位へと押し上げる記念碑となるだろう
フォークロア
ユニバーサル 2500円
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テキサスの“姉御肌”グループ
そんなテイラーが声援を送り、前作の《ラヴァー》に招き入れたテキサスの女性3人組ディクシー・チックスは、2003年ブッシュ大統領のイラク侵攻に抗議。保守的なカントリー畑から大きなバッシングを受けた、勢いの良い姉御肌のグループだ。
このほど「ディクシー」という南部奴隷制につながる名前を外して、ただのザ・チックス(ヒヨコ、めん鶏)と名乗ってのニューアルバム《ガスライター》が、まだ手痛い傷を負っての離婚で血を流している心情で、時に痛快に嚙みついてきて面白い。
従来は保守的だと思われてきたテイラーも、今は完全に反トランプ色を隠さない。
ガスライター
ソニー 2400円
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