『この本を盗む者は』著◎深緑野分 KADOKAWA 1500円

どこを取っても物語のエネルギーがほとばしる

「ブック・カース」(本の呪い)という言葉をご存じだろうか。書物が貴重だった中世のころ、盗難防止のため本に記された呪いの言葉だ。本泥棒に恐ろしい災いが降りかかる呪文もあったという。今もっとも注目されている著者の新作は、このブック・カースと本と物語をめぐる冒険譚である。

書物の蒐集家を曾祖父に持つ高校生の深冬(みふゆ)。父はその巨大な書庫「御倉(みくらかん)」の管理人をしていたが、深冬は本がどうしても好きになれない。そんなある日、入院した父の代わりに御倉館を訪ねた深冬は、蔵書が盗まれていたことに気づき、あるメッセージを発見する。〈この本を盗む者は、魔術的現実主義の旗に追われる〉。ここで私たち読者は深冬と一緒に「?」のまま、一気に持っていかれてしまう。

そこに謎の少女「真白(ましろ)」も現れ、本が盗まれたためにブック・カースが発動し、街ごと物語に侵食されたのだと言う。選ばれたブック・カースはメッセージにあるように〈魔術的現実主義(マジック・リアリズム)〉。亡き祖母が本を愛するあまり蔵書すべてにブック・カースをかけたのだ。泥棒を捕まえない限り、そこから脱出できない。かくして深冬は『不思議の国のアリス』さながら、本泥棒を捕まえるため、さまざまな物語の世界を冒険することに——。

奇想天外な発想をこれほどまでに活き活きしたファンタジーに仕上げる著者の筆力に圧倒された。物語の中に別の物語が生まれるという入れ子構造で展開するが、どこを取っても物語のエネルギーがほとばしる。映像的想像力が刺激されっぱなしだ。本嫌いだった深冬がはじめて体験する読書の驚きと興奮、それらが渦巻いている頭の中を覗いているような気分になる。物語の楽しみ方がこんなにも無限にあるということを、深冬の冒険と成長を通して、すっかり頭が凝り固まってしまった私たちにみせてくれているのだ。

『この本を盗む者は』
著◎深緑野分
KADOKAWA 1500円