背景には、家庭の密室化がある
相次ぐ虐待の背景には、何があるのだろうか。
埼玉県加須(かぞ)市にある児童養護施設「光の子どもの家」は1985年に開設され、現在は2歳から20歳まで36人の子どもが暮らす。子どもたちの生活は一般的な家庭と同様、少人数で構成された“家”で営まれ、子どもたちは親代わりの職員のもと、家庭的な雰囲気の中で育っていく。理事長の菅原哲男さんは入所した子どもたちの親とも深く関わり、家族のありようを見守ってきた。
菅原さんによると、虐待する親にはある傾向があるという。
「自分の人生や働き方に誇りを持てず、自尊感情の低い人が多い。40代にもなると自分の“先”が見えてしまうから、子どもだけはちゃんと育てたいと思う。彼らは『しつけ』だと言うけれど、それが行き過ぎると虐待になるんです。自分では虐待と思わず、まさか死んでしまうとも思っていない。いよいよ逮捕されたとき、やった本人がいちばん後悔しているはずなんです」
子どもが入所すると、菅原さんはその親とも面会を重ねることにしているが、なかには悔いて泣き出す親もいるという。それぞれの抱える問題の解決方法を探りながら、家族関係も支えていく。虐待する親たちは暴力を振るうことでしか、わが子と関われなかった。だからこそ、子どもとのつき合い方を丁寧に教え、養育をサポートすることもソーシャルワークの役目と考える。
親に虐待されている子どもたちは「助けて」と声を発することが難しい。菅原さんが今も忘れ難いのは、20年ほど前、小3と小4の兄弟が施設に入ってきたときのこと。母親は家を出ていき、アルコール依存症の父親と暮らしていた。食事を与えられず衰弱していた二人は、入所から数日後、「ふつうの暮らしって、いいよな」とぽつり。朝起きてご飯を食べ、学校へ通うような普通の生活さえ彼らにはなかったことに、胸が痛んだという。
「10歳前後は子どもの成長にとっていちばん大事な時期です。言葉もだいたい身について、そろそろ思春期に入るころ。そうした大人へと変わりゆく時期にちゃんと関わりをもって寄り添う大人がそばにいないと、幼い頃から虐待されて育ってきた子どもは救われないのです」(菅原さん)
今回の野田市の事件では、10歳の心愛さんが勇気を出して助けを求めたにもかかわらず、大人たちは最後に救いの手を離してしまった。児相のずさんな対応はもとより、システム自体を検討すべきだと菅原さんは指摘する。
「児相の児童福祉司は、まさに福祉を担う仕事をしています。それを公務員である役人に丸投げしていることがそもそも問題なのです。もちろん志のある福祉司もたくさんいますが、役人は責任を問われることを嫌いますから。長年の肌感覚でも、虐待は増えていると感じます。その背景には、家庭の密室化がある。家族以外の目が必ず子どもに届くような人間関係を、地域で築くことが大事。お互いに関わりあって外の風を入れないと、ますます孤立してしまいますから」