10歳の心愛さんが勇気を出して助けを求めたにもかかわらず、大人たちは最後に救いの手を離してしまった
鬱憤を、もっとも攻撃しやすい子どもに向けた
〈しょうらいのゆめは、パティシエになること〉だった少女は、ケーキを一人で作り、家族に食べてもらいたいと学級通信に書いた。その明るく朗らかな「みーちゃん」の夢は、それから1年半余りで絶たれてしまう。
2019年1月、千葉県野田市の小学4年生、栗原心愛(みあ)さん(10歳)が自宅で死亡し、両親が起訴された事件では、心愛さんが実父による執拗な虐待を受けていたことが明らかになった。
父親の勇一郎被告(41歳)は、1月24日午前10時頃から浴室で心愛さんに冷水のシャワーを浴びせ、午後1時頃には濡れた肌着を脱ぐよう命じて、冷水をかけ続ける。さらに4時頃にはリビングでうつ伏せにさせて背中に乗り、両足をんで体を反らせた。約6時間後には、寝室に入ろうとする心愛さんを再び浴室へ連れ込み、顔面に冷水を浴びせ続けた。心愛さんは22日夜から食事を与えられず、十分な睡眠も許されていなかった。父親の通報を受けて救急隊員が心愛さんを発見したのは、24日午後11時10分頃。すでに死後硬直が生じ、首周辺に擦り傷やあざがあり、胸や腹部にも古いあざが残っていた。
勇一郎被告は「しつけのため」と供述しているが、近所では女児の泣き声や男性の怒鳴り声がたびたび聞こえていたという。家庭という密室で何が起きていたのか。児童心理士として東京都内の児童相談所に19年間勤務、子どもの心のケアに携わってきた家族問題カウンセラーの山脇由貴子さんはこう語る。
「虐待は中毒性が高く、虐待者は暴力がエスカレートするとともに罪悪感が薄れ、快感をともなうようになるのです。実際、本気でしつけだと思っている親もいます。自分でなければわが子の悪いところを正せないと。気に入らないところを探しては難癖をつけ、『おまえが悪いからこうして叩かれるんだ』と繰り返し叱る。子どもは恐怖心のため親に謝りますから、加害者側の理屈が正当化されていくわけです」
捜査が進むにつれ、父親のもう一つの顔が浮かび上がってきた。次女の乳児健診で、積極的に子育てしていると笑顔で話し、イクメンぶりをアピール。職場では真面目で穏やかな人柄だったと報じられた。その陰で、抑え込んだ鬱憤を、家の中でもっとも攻撃しやすい子どもに向けたのではと、山脇さんは考える。
そんな夫を止めなかったという妻のなぎさ被告(32歳)も、心愛さんを自宅に軟禁状態にして監視しており、亡くなる数日前から食事を与えず、長時間立たせ続けたと供述している。
「虐待する親は子どもへの執着が激しい。何としても手元に置いておかなければ、虐待できなくなってしまうからです。勇一郎被告は、自分を完璧な人間だと思い込んでいたと考えられます。家族を支配することで、さらにその妄想をふくらませていく。妻も完全に支配下に置かれて怯え、夫に命じられるがままに娘への加害行為を助けてしまったのではないでしょうか」