そのひとことが言えない

接点がなければ傷つきはしない。そう思っていたけれど、その年の暮れ、娘から「お正月はふたりで行くからね」と言ってきた。困惑したが、犬とふたりの正月は寂しい。水に流して家族らしい新年を迎えよう。そんな気になった。

元旦、先に来た娘と台所に立ち、心ばかりの膳を整えていると、やがて娘の夫がやってきた。見ると野球帽をかぶっている。まさかと思ったが、彼は挨拶もそこそこに帽子をかぶったまま席に着いた。これまでの人生で初めて目にする光景に、思わず二度見してしまう。娘も気づいた様子だが、何も言わない。

もう40を過ぎた男が……。それともいまは部屋の中でも帽子をかぶるのが流行っているのだろうか。夫がいたら許さなかっただろうと心は波打つ。だが、もめて新年がぶち壊しになることは耐え難く、「帽子、とって」のひとことがついに言えなかった。

おせちを囲んで娘の夫は上機嫌だったが、次第に、娘の悪口を言いはじめた。最近太ってきて嫌だの、日頃大した料理が出ないだの。娘がただ聞いているのにも、あ然! 正義感が強く、おかしなことにはまっすぐ立ち向かっていたあの子はどこへ行ってしまったのだろう。

正月以来、娘の夫とはいっさい会っていない。娘は休みの日にひとりで遊びにくる。彼も犬の散歩や墓参りに来たがったが、私は彼に会うと思うと心臓が苦しくなり、血圧が上がってしまう。湿疹にも悩まされて皮膚科を受診したもののどこも異常なし、ストレスが原因と言われた。私の体調やコロナなど娘はあれこれと気遣ってくれるが、彼の話になると途端に険悪になる。

娘の幸せと私の幸せは違って当然。だけどこれからどうなっていくのだろう。つかず離れず、不透明な糸で母と娘は結ばれている。


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