亡き夫の仏壇の前で思わず泣き崩れて
娘たちの引っ越しの夜だった。犬の散歩の途中にそばを通りかかると、もう夜10時を回っているのに、まだカーテンも吊さぬ部屋で、ふたりが掃除をしているのが見えた。ちゃんと食事はしたのかしら。心配になりコンビニでパンと飲み物を買って、部屋のチャイムを鳴らす。
するとあからさまに不機嫌な顔をした娘がドアを少しだけ開け、「急に来られると迷惑なんだよね!」と一言。わが子ながら見たこともない横顔に、心が凍りつきそうになった。「ああ、悪いことしちゃったね」、コンビニの袋を押しつけるように渡して立ち去る。バタン!! とドアの閉まる音が背後に響いた。
これからはもう他家の人、心がすれ違ってしまうのは仕方ないのかな。うなだれ、とぼとぼと夜道を帰ってきた。夫の仏壇の前に崩れるように座り込むと、涙が溢れてくる。ただ何かしてあげたかっただけなのに……。
余計なことはするまい。そう決めてあの家に足を向けなくなって数週間。娘は気が向くと、何事もなかったかのように遊びに来たが、私は正直、向き合い方がわからなくなっていた。
そんなある日、どういう風の吹き回しか、ふたりが回転寿司に連れて行ってくれるという。ひとりぼっちの食事にようやく慣れたけれど、誰かと食卓を囲むのはただうれしく、店に向かう車中からワクワクしていた。久しぶりに心から笑い、美味しくいただき、おしゃべりした幸せな時間。
ところが、娘が結婚祝いに友人から贈られた土鍋の話題が出たので「今度一緒にやりたいわね」と何気なく言ったところ、何が気に障ったのか、娘が「鍋が汚れるわ!!」とすごい形相でにらんだ。追い打ちをかけるように娘の夫が「いまは『プチッと鍋』っていうひとり用の商品がありますよ」。ああ、ひとりでやれってことね。もう二度と鍋の話はいたしません。
この場に来てしまった後悔と情けなさで、消えてしまいたい。夫が元気だった頃、家族や友人たちと賑やかに鍋を囲んだ日がちょっぴり懐かしかっただけ。話の流れとはいえ、失言だったなら許してください。やっぱり私はひとり、犬を相手にご飯を食べるのが似合っているのだ。懲りない自分に愛想が尽きそうだった。