閑散としたサイン会
僕も書店好きの人間なので、アメリカに住んでいるときにはけっこういろんな書店を巡ったし、サイン会を開いたことも何度かある。そういうところでいろいろと興味深い経験もした。アメリカで暮らし始めたばかりの頃(一九九一年)、プリンストンの町の書店でサイン会を開いたのだが、三十分のあいだに三人くらいしか人が来なくて、暇を持てあましたことを覚えている。退屈なので、隣のテーブルの作家と世間話をして時間を潰した(隣の人も僕以上に暇そうだった)。だからマーサーが人の集まらないサイン会で味わわされた気持ちもいちおうよくわかる。閑散としたサイン会って、なんだかわびしいものです。かと思うと千人以上の人が集まってくれて、どれだけせっせとサインしても捌(さば)ききれなかったこともあるけれど。
アメリカの書店のサイン会で、日本の同種のものと違うところは(この本にはそういう風景は出てこないが)、複数の作家のサイン会を同時におこなうことだ。つまり二人か三人の作家が机を並べてサインをするので、そこに並ぶ読者の数の違いによって、それぞれの人気のほどが一目でわかってしまう。日本で同じようなことをしたら、「恥をかかされた」みたいなことになって、けっこう問題になりそうだけど、アメリカの人はあまり気にしないらしく、隣の某作家(あえて名前は出さないけど)に、「おい、ハルキ、なんでおまえんところの列はそんなに長いんだよ。ちょっとこちらにまわせよ」みたいなことを冗談っぽく言われたこともある。この本を読んでいて、そういういろんなことを思い出した。