「私の時間を返して!」
ところが50枚ほど書いたある日、原稿を保存していたフロッピーがないことに気がついた。夫に聞くと、「その辺にあった古本と一緒に捨てたかも」という返答。確かに私は大切なものと、いらないものをいっしょくたにしてしまう癖がある。しかし私は、そこに大事なモノがあることを把握しているのだ。それを勝手に捨てるとは何事か! 当時はワープロにろくなバックアップ機能がない時代。紙に刷りだしてもおらず、私の血と汗と涙の結晶は、夫の無情な分別作業によって、瞬く間に藻くずと消え去ったのである。
消失が判明した瞬間、私はうまく怒りを表現することができなかった。どこかで「これは夢だ」と心の防衛本能が働いていたようにも思う。しかし、しばらくすると憤怒の念が湧いてきた。この50枚の原稿を書くのにどれだけの時間と労力を費やしたと思っている? 夫からすれば、主婦の私は暇に見えるかもしれない。自費出版なんてお金の無駄に思えるかもしれない。けれども、だからこそこの本の出版は、私の《尊厳》に関わる問題なのだ!
「私の時間を返して!」と怒鳴ったが、夫はそんなのどこ吹く風、「どうせそんなもの売れっこないよ」と言い放った。もう、こんな奴と言い合いをしてもしょうがない。怒りをぶつけるように、再びワープロに向かった。
原稿はなんとか本の体裁をなし、無事に自費出版。めでたいことに目標の1000部以上を売り上げ、自分で自分をほめたいと思った。今は第2弾の出版を構想中だ。そのうちベストセラー作家になり、印税生活を送ることを夢見ているが、夫には何も買ってあげないことを固く誓っている。絶対に。