『理論疫学者・西浦博の挑戦 新型コロナからいのちを守れ!』(著:西浦博・聞き手:川端裕人/中央公論新社)

Q. 先生は、二次感染を減らすためには「人口密度」「気温」「移動」「コンプライアンス」という4つのポイントを挙げておられます。日本医師会で講演されたという、この点について教えてください。

11月19日のアドバイザリーボードの資料にも入っているのですが、これまでの研究で、この感染症は人口密度の高いところで二次感染が多いということは確実だとわかってきました。理由は、科学的にもある程度は明確なのですけれど、人口密度が高いところほど、屋内に入って密度の高い環境で接触をする機会が多いからだという、本当に単純なメカニズムです。

気温についても明らかになりつつあります。海外での研究で判明しつつありますが、私自身の分析でも北海道、宮城、大阪、東京で、気温と「実効再生産数」との間の関係について、統計的な処理をしたうえで、負の相関関係――気温が低ければ低いほど再生産数が高いことを確かめました。

3つめの「移動」に関しても、二次感染者数が増えるメカニズムがだいぶ明らかになってきています。

そして4つめの「コンプライアンス」ということですが、例えば他力的な対策も含めてですが「オックスフォード・ストリンジェンシー・インデックス」という流行対策の強さを表す指標がありますが、そういうのに加えて、人と人との距離を取ることがどれぐらい守られているかとか、マスク着用がどれぐらいできているかとか、そういうものがコンプライアンスに相当すると思われます。

この「人口密度」「気温」「移動」「コンプライアンス」で9割がたの二次感染が説明できる。つまり基本再生産数をこの4つの説明因子の関数みたいにして数理的に記述すると、より未来を確実に捉えられるのではないかという議論が、いま進んでいます。

人口密度とか気温とかはみなさんご理解のとおり、いまどうして札幌が大変なのか、とか、どうして冬季に伝播が少し加速しているのかということを裏付ける話です。また、こういった知見から「何をすればいいのか」を考えるべきだと思います。移動とか、コンプライアンスとか、変化させることのできる対象にターゲットを絞って対策を考えないといけない。そういう部分にもかかわってくる研究だと思って、講演の機会やアドバイザリーボードでお伝えするようにしてきました。

 

Q. 緊急事態宣言の際に求められた「8割の接触削減」 は、今も必要でしょうか?

現時点で、社会全体にそのような対策が必要かどうかというのは、拡大解釈をしすぎだと思います。これまでの流行を通じて、接触削減も少しはカスタマイズされてきていることも踏まえると、流行範囲が拡大する前ならば、社会全体での接触削減をするよりも伝播が起こりやすい条件下を狙い撃ちした対策なども可能かも知れませんから。

しかし、そういったカスタマイズした接触削減を含めて、「接触の削減に対策を切り替えないといけない」という基本的な考えは、アドバイザリーボードで出している通りです。社会経済的な影響を丁寧に追いながら、でもしっかりと、今、伝播の起こりやすい接触に対象を絞って削減する政策に切り替える必要があると思います。

 

Q. 「オーバーシュート(感染爆発)」に近づいていると思いますか?

現在、特に東京の都心部や大阪では、通常の医療が提供できていない状態になっています。「病床が埋まる」という表現では足りないくらい重症患者が増えています。

そのため、これまでコロナの患者さんを診ていた感染症や呼吸器科、集中治療などの医師だけでは足りなくて、いまは泌尿器科や消化器内科などの医師、産婦人科の看護師などまでがコロナ担当として対応しているところだって少なくないわけです。予定していた手術が延期されたり、コロナ以外の病気で治療を受けないといけない患者さんを診られない、ということが起きています。

今の日本の都市部の流行地域は、通常の医療ができない状態、そしてそれが顕著なのがここまでの札幌や旭川でした。保健所では接触が追えなくなり、現場レベルでは一人ひとりの感染者を追って流行の制御をすることを諦めてしまった状態になった地域が少なくありません。

そういったところで対策を素早く切り替えないと、医療機関で感染の連鎖を止められずオーバーシュート(感染爆発)に近いような感染者急増の現象も起こってしまい兼ねないのです。