一人称いろいろ。

新しい言葉はどう生まれるのか

中村 ただ、「ッス」はまったく新しい言葉ではないんです。1954年の『朝日新聞』掲載の「サザエさん」で、すでに左官職人が「仕事はすんだんスが」と「ス」を使っています。言葉は社会的な約束事なので、ゼロから生まれるものはほとんどないんですよ。昔の表現や方言などを借りてきて、状況に応じて若者が使い直している。女の子が自分のことを「ウチ」というのも、方言から来たものですね。

タツオ 僕も、「ウチ」と「ッス」の成り立ちや立ち位置は酷似しているなと思っていました。男性は「私、僕、俺」など使える一人称が多数ありますが、女性は「私」か「あたし」くらいしかなかった。ここにもやはり窮屈さがあって、そこから生まれたのが「ウチ」だったのかな、と。

中村 そうでしょうね。新しい言葉って、仲間内で生まれることが多いんです。

タツオ コミュニティの中でだけ使われる言葉の伝達力はすごいですからね。アーティストや、もっと最近では、人気ユーチューバーが使うことでさらに広がっていく。

中村 新語の波及に、メディアが果たす役割は今や欠かせないですね。「ッス」もCMでタレントさん、特に女性タレントが使うことで、本来の体育会系の学生の表現とは違ったものに生まれ変わっていきました。

タツオ 男性性を帯びていた言葉を女性が使い始めることで、女性がこれまで押し付けられていた序列から解放される意味合いもあります。

中村 言葉を使うことで、社会的な立場が変わるんですね。他にサンキューさんが注目している新語は?

タツオ そうですねぇ、たとえば最近よく聞く「わかりみ」という言葉(「わかる」に「み」をつけて名詞的に変化させた言葉で、理解や共感を表すときに使う)。「~み」はまだ発達途中で、ほかにも「つらみ」とか「ねむみ」など、があります。

中村 「ねむみ」?

タツオ 「眠いと感じている」という意味です(笑)。「っぽい」「~的」「――性がある」といった言葉を「み」一文字で伝えているんです。さらに興味深いのは、「わかりみ」は「わかりみが深い」という形容詞を取るんですよ。「理解が深まる」などと似た形容詞を接続していて、伝統的な日本語の進化と同様の変化を遂げている。

中村 そう! 若い人の言い方って、意外と日本語文法やコロケーション(単語と単語の自然なつながりや組み合わせ)に忠実なの。そうでないと伝わらないということがわかっているんですね。