今すぐ文章を書きなさい。書き方は教えるよ
坂口 長い付き合いの人もいます。たとえば19歳の時、首に縄をかけた状態で電話してきた子がいた。死にたくないから電話したけど、体は死ぬ方向へ動いてしまう、と。そして突然、その子はホロコーストの生き残りの詩人、パウル・ツェランの詩を暗唱し始めたんです。
斎藤 ほう。
坂口 僕は「ちょっと待て。縄をはずせ。重要なことを教えてあげる」と。「お前はただ頭がいいだけだから、今すぐ文章を書きなさい。書き方は教えるよ」と言って。以来、彼はもう1000枚書きました。出版が目的ではなく、ただ書く。送られてくる原稿を僕が読む。今は2作目に取りかかっていて、僕は一生付き合うつもりです。
斎藤 なかなか真似できることではありませんね。最初に「いのっちの電話」を始めたのは、2011年の東日本大震災がきっかけと聞きますが。
坂口 僕は福島第一原発事故の時に不安を感じて、東京から生まれ故郷の熊本に戻った人間です。避難に関する電話相談を受けようと始めたら、いつの間にか心の相談が増えてきた。そんな中で、僕自身がうつになったわけです。電話にも出られず、死にたくなってしまった。
斎藤 恭平さん自身がもともと、長年のあいだ躁うつ病(双極性障害II型)で苦しんでこられましたからね。
坂口 最初は僕も対応が下手で、相手の念みたいなものを全部もらってしまった部分もあるのかもしれません。自分が死にたい気持ちからやっと復活できた時、「死にたい人の声はちゃんと聞かなきゃいけない」と感じました。せっかく原発事故対応の相談で多くの人に電話番号が伝わったのだから、これを使って自分で「いのちの電話」をやろうと思ったんです。
斎藤 しかし「いのちの電話」を名乗って相談を始めたら、実際の「いのちの電話」から商標登録侵害で訴えると警告されたとか。
坂口 はい。それで名前を一文字替えたんです。井ノ原快彦さんとは友達なので、使っても怒られないかなと。(笑)
斎藤 自殺者をゼロにする目標で、相談者に自殺が出たらやめようと思っていたそうですね。
坂口 これまで一人だけ亡くなった方がいました。自殺すると、最後に通話記録がある人のところへ警察から確認の連絡がいくんです。もう完全に心を決めていると感じられる相談者の方がいて、こちらからも連絡を取ろうかと思ったりもしたのですが。昨年正月に警察から僕のところへ、最後の通話者ということで電話が来ました。
斎藤 そうでしたか……。では、その時にやめようと?
坂口 ところが、電話をくれた刑事さんが僕の名前や活動を知っていたんです。所轄内の自殺現場は彼がみんな見ている。そのせいで刑事さん自身もうつ気味になっていて、妻もうつ病だと。「いつか自分も坂口さんに電話するかもしれないから、いのっちの電話はやめないでください」と。じゃあ、わかりましたということで。(笑)
斎藤 警察から頼まれた(笑)。これは珍しい体験ですね。
坂口 救急隊員をしている人からも相談されたことがありますよ。自殺現場へ真っ先に入るのが彼らです。「もう砂袋を持っているのか、人間を持っているのかわからなくなった」と、ビルの上から電話してきた。彼は見事に復活して、今は緊急性の高い相談を受けた時に、彼から助言をもらったりすることもあるぐらいです。