「土の中には数億の微生物がいて、畑には昆虫も野良猫もやってくる。人間以外の生物とのコミュニケーションが豊かなので、人と会わなくても孤独感はありません。」(坂口さん)

土はいろいろなことを教えてくれる

斎藤 恭平さんは自ら躁うつ病であることをカミングアウトしながら、建築、写真、文章、音楽など旺盛な創作活動を続けてきました。2016年に私が日本病跡学会にゲストとしてお呼びしたのが最初の出会いでしたね。

坂口 その1年後、たまたま僕が東京にいた時、今までで一番重いうつ状態になったんです。これはたぶん死ぬかな、というぐらいひどい状態で。見かねた友達が、環先生のところに行ったほうがいいと車で連れて行ってくれて、九死に一生を得ました。あの時は本当に最悪の状態で。

斎藤 そうでしたね。

坂口 熊本ではかかりつけの医師の処方で薬を飲み、それでもだいたい3ヵ月周期ぐらいで躁とうつを繰り返していました。その後、鹿児島の神田橋先生という仙人みたいな方に出会ったのが一つの転機になったんです。

斎藤 シャーマンのようなカリスマ的精神科医ですね。普通の精神科医はだいたい、「軽躁の時には動かず我慢しましょう」と抑えるのですが、神田橋さんは「振り子のように揺れていきなさい、波に身を任せましょう」というようなことを言う方です。

坂口 僕は「窮屈が一番いけません」という神田橋先生の言葉に、すごく救われたんです。それからは窮屈になることを完全に避けているのでストレスがゼロ。そのあと市民農園を借りて畑をやったり、パステル画を描き始めたりしているうちに、コロナをきっかけに病院から足が遠のいて。以来、薬ナシでもうつになっていません。

斎藤 パステル画は毎日描いてすでに100枚以上になり、個展を何度か開いていますよね。畑にも毎日出ている。恭平さんは、「日課」を作って毎日手先や体を動かすことが「死にたくならない一番の薬」だと著書などにも書いていますが、まさにそれを実践している。

坂口 その通りです。特に畑との出会いは大きかった。結局、悩みの基本は人間関係です。人とかかわるから、躁だ、うつだと言われる。でも人を避けたら孤独になると思った時に、畑と出会ったんです。土の中には数億の微生物がいて、畑には昆虫も野良猫もやってくる。人間以外の生物とのコミュニケーションが豊かなので、人と会わなくても孤独感はありません。

今も毎日畑に行きますが、土は本当にいろいろなことを教えてくれる。「病気が治る、治らないではなく、自分なりの健康体というものをイメージしなさい」と土が言うんです。今日でうつが明けて400日目ですが、こんなことは今までの人生で初めて。