「あっ、副大統領に声をかけ忘れていた」

佐藤  その点では私が見てきたクレムリンも同じですね。首相は確かにいますが、メディアから「皇帝」と呼ばれるプーチン大統領が、最終決断は下してきました。ただし、外から見えているほどには、独裁的ではありませんよ。様々な利益集団のバランスの上に立って、主要なステークホルダーの意向を慎重に見極めて、舵取りをするタイプといっていい。

手嶋  キューバにソ連製の核ミサイルが密かに持ち込まれ、危機の13日間の幕があがった時のことでした。ケネディ大統領は、ホワイトハウスにEXCOMM緊急執行委員会を招集しました。殺気立つ空気のなか、補佐官のひとりが「あっ、副大統領に声をかけ忘れていた」と気づき、慌てて連絡したという。この有名なエピソードは、ケネディ政権に在って副大統領がいかに軽い存在だったかを物語っています。この人こそ、ダラスで暗殺されたケネディに代わって大統領となったリンドン・ジョンソンです。

『菅政権と米中危機』手嶋龍一/佐藤優 中公新書ラクレ

豊富な議員歴をもつジョー・バイデン氏は、ホワイトハウスにあって「忘れられた副大統領」を幾人も見てきたのでしょう。バラク・オバマ氏から副大統領のポストを打診された時には「すべての重要会議に招かれるなら」とこれを条件に受諾しています。

民主党のバイデン大統領候補は、副大統領候補にカマラ・ハリス上院議員(55歳)を選んだのですが、これまでの副大統領候補とは重みがまったく異なっていました。その理由は三つです。まず、第一は、ホワイトハウスに入るバイデン氏が大統領になれば78歳という史上最高齢であり、任期半ばで大統領職を引き継ぐ可能性がある。第二は、バイデン氏の後継にはハリス氏が最有力でしょう。そして第三は、いま挙げた二つの理由から、現職大統領を凌ぐような役割を演じざるを得ないはずです。