選挙は「死者の出ない戦争」
私はNHK記者として、過去に地方では島根県知事選挙、広島県の呉市長選挙、竹原市長選挙を取材・報道してきました。東京の報道局社会部に移ってからは、衆議院選挙の選挙区取材を続けてきました。現在はテレビの選挙特番のキャスターを務めていますが、それには数多くの現場取材の経験が役に立っています。
実際の選挙となると、文字通り「死者の出ない戦争」です。勝つためには、あらゆる手段を取る陣営が出てきます。相手陣営の運動員を装い、深夜に有権者に片っ端から電話して投票を依頼する、というのは古典的な手口です。電話を受けた人は、「こんな深夜に、なんて非常識な。絶対投票してやるものか」と憤慨するというわけです。
相手のスキャンダルを口コミで拡散させたり、怪文書を有権者の郵便受けに入れて回ったり、というのも、よくある手口です。いまならネットでフェイクニュースを流す方が効率がいいでしょう。
選挙戦の中盤になると、新聞各紙は選挙区情勢を記事にします。このとき「優位に選挙戦を進めている」と書かれると、一気に陣営の気が緩みます。「うちのセンセイは当選確実なんだから、頑張らなくてもいいだろう」というわけです。
そこで選挙参謀つまり当確師は、「当落線上で激しく競る」と書いてもらおうとします。
選挙中のマスコミ報道で有権者の投票行動が左右されることがあるからです。これも中選挙区制のときと小選挙区制では行動に違いが出ます。
中選挙区時代は、当選者が複数出ますから、「A候補有力」と書かれると、「自分がA候補に入れなくても当選するだろう。だったらB候補に入れておこう」という行動に出ることがあります。これを「アナウンス効果」といいます。そこで選挙参謀は「有力」と書かれないように、「接戦」という表現を好むのです。場合によっては「苦戦」と書かれてもいいのです。