※『当確師』著:真山仁(中公文庫)の「解説」より引用しています
ミッション・インポッシブル
真山仁といえば、『ハゲタカ』ですっかり有名になりました。その前から注目していた私としては嬉しい限りです。彼の造形する主人公のひとつのタイプは、露悪趣味の強いブラックなイメージを見せるものの、実は理想に燃えた正義漢であり、ぬるま湯に浸かった世の中を目覚めさせようとする人物です。
今回彼が舞台に選んだのは市長選挙。首都機能補完都市に指定された高天(たかあま)市の現職市長の当選を阻止するという課題です。
どう見ても圧勝しそうな勢いの現職市長に勝てる候補を選び、その候補を当選させる。まさにミッション・インポッシブル。不可能に見えますが、そこに挑戦するのが当確師です。そもそも対抗する候補選びから始めなければなりません。
ここで登場する当確師という職業は存在するのか。いるのです。「当確師」とは名乗りませんが、苦戦しそうな選挙の応援に入って、候補者を当選させるという仕事をこなす人たちはいるのです。
本書ではフリーランスですが、現実社会では、政党の事務職員で、そういう仕事をしている人たちが大勢います。選挙が近づくと、政党は全国の自陣営の候補者の世論調査を実施し、劣勢にあると判断すると、ベテラン事務職員を派遣するのです。
私が以前取材した衆議院選挙でのこと。当時は中選挙区制でしたから、ひとつの選挙区から複数が当選します。ある現職候補が、有力候補の出現で劣勢になるや、大ベテラン運動員が登場し、あっという間に陣営を立て直しました。
別のある宗教政党の陣営におけるベテラン運動員は、メディアによる世論調査のデータを入手し、どこが弱いかを確認。支援団体の運動員を投入してテコ入れに走りました。
こうした当確師は、党として新人候補を擁立するときにも、素人ばかりの選挙事務所に入って采配を振ります。その水際立った手際の良さには驚くばかり。当初は泡沫扱いだった候補が、有力候補として遇されるようになったりするのです。ただし、必ず当選するとは限りませんが。