一方、「勘違いブス」には社会の偏見が露骨にあらわれる。このワードが使われるのは、女の行動が容姿に見合っていないと話者が勝手に断じた時。つまり、不美人のくせに自分が何者かであると勘違いし、容姿に見合わぬ尊大な行動をしている、と非難したい欲望が根底にある。ブスのくせに生意気だとか、ブスのくせに気どってるとか、そういうのと同類の侮蔑語と言える。

改めて、破壊力の高い言葉だと思った。美人には美人というだけで許されることがあり、不美人にはそれが当てはまらないという浅い理解と偏見に基づいた暗黙の了解を、社会が共有していないと通じない言葉だからだ。

「まあ、ぶっちゃけそうですよね」と、開き直ればよいというものでもない。というのも、美人と不美人の定義を突き詰めれば、「自分にとって好ましい」か否かになるからだ。つまり、話者の都合でどうにでもなる基準。

むしろ、自分に都合の悪い行動をする女はブスに格下げされることがある。ナンパを断った途端、「ブスのくせに!」と捨て台詞を吐かれた女の話を聞いたことがあるだろう。じゃあ貴殿は、わざわざ醜女(しこめ)に声をかけたのか? と尋ねてみたくもなる。つまり、最初に容姿による選別があり、そのあと行動での選別があり、どちらもパスしないと、社会的に価値の低いブスになる仕組みなのだ。これが主に女性にだけ適用されていることがしんどい。