勇さんが結婚したのは、約10年前。最初の子どもが生まれた頃から、妻にはよく「暴力的だ」と指摘されていたという。

「幼い子どもの胸倉をつかんで大声を出したり、蹴ったりしてしまう。イライラする気持ちのコントロールがあまりにもうまくいかないことに、自分でも気づいていました。でも、『父親が厳しいのは当たり前』と自分を正当化して、厳しいまま突っ走ってしまった。子どもへの教育方針の違いから妻への暴力も激しくなり……、でも自分では止めることができませんでした」

勇さんは長男が生まれて間もない頃に一度、心療内科を訪れている。自身が虐待を受けたという認識はなかったが、妻からの指摘もあり、自分のなかの暴力性に不安を抱いていたからだ。しかし医師は薬を出しただけで、彼の生育歴を聞かなかったという。同じ頃、妻にも相談をしたが、専門家ではない彼女は、夫が抱える問題の根に気づくことはできなかった。

妻との関係は徐々に悪化し、半年ほど前に「子どもを連れて出ていく」と告げられたとき、ほっとした気持ちも感じたと話す。もう一度やり直したいと思った勇さんはカウンセリングに通い、DVや虐待について勉強を始めたが、妻の気持ちはすでに固まっていた。話し合いの末、離婚が成立したのはつい最近のこと。「今は反省しかない」と過去を悔やんでいる。

 

自らの傷を認識し必要なケアを受けるには

「虐待の世代間連鎖」ということが言われるようになって久しい。これは、「虐待を受けて育った人が親になると子どもを虐待するようになる」とする説だ。虐待を受けた人自身、この言説にとらわれて結婚や子どもをもつことを躊躇することも多い。

だが実際には、必ずしも連鎖が起きるわけではない。前出の信田さんは、ももこさんや正さんのように自らの虐待経験を認識できる人は、虐待しないことのほうが多いだろうと話す。ただし、勇さんのように虐待を受けた認識がない場合や、その後の人生で適切なケアを受けていない人の場合、連鎖の可能性はあると指摘する。

「ケアというのはカウンセリングを受けることだけではありません。たとえば、配偶者に話し、それを受け止めて労ってもらうような体験でもいい。そういった経験がないと、自分の子どもが目の前で楽しそうに遊んでいるのを見るだけで『許せない』といった気持ちになっても不思議ではありません」