では虐待を受けた人が自らの傷を認識し、必要なケアを受けられるようにするにはどうしたらいいのか。適切なケアを得られる人は多くないのが現状だ。専門機関などに相談したものの、本当に必要な助けは得られなかったという話は取材でよく耳にする。先ほどの勇さんもそうだった。
「マザーズ・ダイアローグ・カフェ」のヤマダさんも、同様の経験を話す。「児童相談所に育児の苦しさを相談したことがあるけれど、つい平気なふりをしてしまうから『大丈夫だ』と思われて、何も支援を得られませんでした」。
このように、せっかく勇気を出して専門家や周囲に相談しても助けを得られなければ、相談の場からより遠ざかってしまうことも考えられるだろう。そもそも虐待された人は、近所の人や教師など周囲の大人が虐待に気づいても助けてくれなかったという経験をしている。そのため児童相談所や行政の相談員など、「自分を助けてくれるべき人に相談をすること」自体が過去の傷を想起させ、困難なのだともいう。
専門機関に相談しても必要な支援に結びつかない理由の一つとして、「カウンセラーや医師にトラウマの視点が欠けている」ことを信田さんは挙げる。
トラウマとは過去の出来事によって心に刻まれた生々しい傷のこと。虐待や犯罪被害、戦争や災害などによって生じやすいとされる。「子育てがつらい」「虐待してしまうかもしれない」と相談を受けたとき、援助者は本人のパーソナリティの問題でなく、トラウマの視点から捉えることが大切だと信田さんは続ける。
「トラウマの後遺症をPTSDと呼びますが、危機的な状況が去った後から出てくるものです。『虐待の世代間連鎖』も、『過去の被害体験の結果』として捉える必要がありますが、残念ながら今はまだトラウマの知識をもって対応できる援助者は多くありません。そのため『専門家だと思って話したのに、想定外の対応をされた』ということになりやすい。そんな経験が重なれば相談しづらくなるのは当然です」