祖父はいつもお茶を飲んでいたが、自分でお茶を淹れているところをみたことはない。いつもキレイに剥かれた果物を食べていたが、自分で剥いているのを見たことはない。いつも清潔な服装をしていたが、自分で洗濯しているのをみたことがない。
いつも何でも、祖母がやっていた。あっという間に機嫌が悪くなる祖父の隣にいて、よく祖母は謝っていた。関係ないことまで謝っていたようにみえた。なんという理不尽な生活があるものなのか、と子ども心に思っていた。そして、祖母は、なんと気の毒な人生なのだ、と。
俺の人生で、唯一感謝したい人間は……
わたしは祖父が嫌いではなかった。優しかったし、博学でいろいろなことを教えてくれた。だけどそれは孫だからであって、結婚はしたくない。だって、祖父の不機嫌の矛先は、いつも祖母に向けられていたようにみえたし、祖父の尻拭いするのは祖母だった。
お見合いで決まった結婚だったそうだが、にしてもアンラッキーだったんだなぁと、思った。
祖父が晩年、いつにない静かなトーンでこういった。
「俺の人生で、唯一感謝したい人間がいる」
わたしは、あゝ祖母のことだな、と思い、この場にいない方がいいかしら、とも思ったが、聞きたい気持ちが勝った。わたしは子どもの頃から、祖母が祖父にたくさん尽くしてきたのをみてきた。